第34話 隣国のシャルル・ハリス公子は友達でした
「やあ、長く会えなかったね、お転婆マリア」
ハリス公子は開口一番そう言った。お転婆マリア……懐かしい呼び名だ。グラン領の子供たちと遊んでいる時によく言われていたのだ。
彼は隣国の公子、シャルル・ハリスだ。そうイメージ通り。……ピンと閃くものがあった。
「あっシャルくん⁈」
「そうだよ、よかった。忘れられていると思ったよ」
「隣国の公子だなんて聞いてない……」
「ああ、言ってないからね」
そう、こんな子だった。天使な見た目に反する悪魔だった。
あれは、あと一年で王宮に行くことを知った後ぐらいの頃だ。いつものメンバーで遊んでいると、森の中から誰かに呼ばれているような気がしたのだ。好奇心旺盛な私は、こっそり一人で森の中へ入っていった。そこで見つけたのがシャルくんだ。
彼は咳き込んで話せないほど、ぐったりと木の根元に蹲っていた。慌てて駆け寄り抱きしめた。昨日家庭教師の先生が、女神の愛し子には癒しの力がある。と言っていたからだ。
癒し方なんてもちろん知らなかった。だから必死で抱きしめて女神様にお願いしたのだ。この子を助けてくださいと。願いが届いたのか、たまたまよくなったのかはわからないが、苦しそうだった呼吸は安定していた。一人で森に入った私を探して兄のスティーブや子供たちも来たので、みんなで屋敷までその子を運んだのだ。
屋敷に戻るとその子の従者だという人たちが、迷子になったその子を探してほしいと、領主である父にお願いに来ているところだった。その子は持病の治療のため、隣国ユリゲーラに行く途中だったらしい。従者が目を離した隙に勝手にいなくなって、森で気管支炎の発作をおこして動けなくなっていたらしい。
よく見るとその子はすごく可愛かった。初めは女の子だと思っていたのだ。天使のようにフワフワの蜂蜜色の髪と、綺麗なヒスイ色の目をしていた。でも口を開くと悪魔だったのだ。
「おい、なんで助けたんだ。余計なことをするな。ばか女」
いくら優しい私でもキレた。思わずぶん殴っていた。そこから取っ組み合いのけんかが始まった。基本兄は子供同士のけんかは止めない。
騒ぎに気付いた両親が、真っ青な顔で止めに入るまでけんかは続いた。今思えば、両親はその少年が公子だと知っていたのだろう。さぞ肝が冷えたことだろう。
けんかの後から、何故かシャルくんは私に懐いた。そしてしばらく屋敷に滞在したのだ。