第32話 兄の結婚式に行きたいです
「あの、兄様の結婚式ですが、今、殿下に領地に帰れるようお願いしているので、もう少し待っていてください。絶対に参列いたします」
兄のスティーブは、学園で知り合ったバートン子爵令嬢のミリア様と卒業後婚約をして、この夏、領地で結婚式をする。ミリア様とは何度かお茶会をしたが、とても可愛らしい優しい女性だ。今は第一王女のアナリス様の侍女として仕えている。アナ様からも優秀だと聞いている。何より兄が惚れ込んでいるので、見ていて少し照れくさい気持ちになる。
「ああ、マリアが参列出来たら嬉しいよ。両親も会えるのを楽しみにしているしな」
「はい、絶対に殿下を説得してみせます!!」
「……ああ、殿下が頷いてくれる可能性は…な…。王宮に出仕してから噂で、殿下がマリアを溺愛していると聞いたときは驚いたが、実際何度か目撃してしまったからな……」
……そうなのだ、何度か兄に見られてしまっていた。そんなに溺愛現場ではなかった気もするが、身内に見られるのは恥ずかしい。
「見たことは忘れてください。……大切なお兄様の結婚式なのです。殿下もきっと許してくださいますわ」
「ああ、そうだな……」
あまり期待していない様子の兄が去っていくのを見送った。
兄の結婚式は、ちょうど学園が夏の休暇に入る時期なのだ。時期としては問題ない。もしかしたら、私が参列できるように兄たちが配慮してくれたのでは?と思っている。
何としても、今日のお茶会でアナ様に援護してもらって、殿下の首を縦に振らせたい。
「ご機嫌いかか?僕のマリア」
「まあ、アロ兄様、わたくしもいますわよ」
「ああ、アナもご機嫌いかがかな?」
「あまり良くはありませんわ。わたくしの侍女のミリアと、マリア姉様の兄の結婚式に、どうしてマリア姉様の参列を許されないのですか?一生に一度のことですのに」
「またその話かい。マリアが襲われたら困るだろう。僕は心配なのだよ」
「それでしたら、アロ兄様も参列されてはどうですの?グラン領はマリア姉様の生まれ故郷、小さい時にお過ごしだった所でしょう?視察なさっては?グラン領の羊毛業と酪農は我が国でも有数のものですし」
アナ様がどんどんと殿下を説き伏せる。さすが我が国が誇る才女である。
「……マリアが生まれた聖地……」
いえ、聖地ではないです。
「そうか、僕も行けばいいんだ。マリアと一緒に視察旅行……いい、すごく名案だ」
いろいろ違います。と言いたいが、ぐっと我慢する。
事前にアナ様と作戦会議をしたときに、もし殿下が難色を示したら、アロイス殿下も一緒に行く方向で提案をしてもいいか、と相談されていたのだ。兎に角、結婚式に参列したいのでお任せしたのだ。
「マリア、僕も君の生まれ故郷に行ってもいいだろうか?」
「はい、もし殿下が一緒に行くことを陛下がお許しになるのでしたら、行きたいです」
殿下は公務があるので、途中で退席された。王太子になってから益々多忙なのだ。
「アナ様、本当にありがとうございました。おかげで参列できそうです」
「いいのですわ。むしろ、兄が申し訳ないですわ。普段はなんでも完璧にこなす自慢の兄なのですが、マリア姉様のことになると、本当に残念なことにポンコツになってしまって…」
「いえ、殿下が私を心配して言ってくれているのはわかっていますので」
「そうですわね、マリア姉様が襲われてからさらに過保護になっていますものね」
10歳の時に、私が目の前で刺されたのだ。大量の出血現場は、殿下にトラウマを与えてしまったのかもしれない。
5柱の加護のペンダントを渡すまで、悪夢で眠りが浅かったと言っていた。あれからずっとペンダントはお互いに肌身離さず付けている。だから、本当は護衛がなくても害されることはないはずなのだ。殿下はただのお守りだと思っているが、5柱の神が簡易的とはいえ加護を付けた国宝級のチートアイテムなのだ。
アナ様と別れて廊下を歩いていると、ララが庭にいた。どうやら、メイドにお菓子をもらっているようだ。ララはお菓子しか食べない猫として、王宮では認識されていた。なので、ララに会うとお菓子をくれる使用人やメイドが多いらしい。今日は焼き菓子のようだ。
私に気づいたララは、器用に焼き菓子をくわえて部屋までついてきた。
『結婚式の参列はどうなったにゃ~?』
「うん、アナ様のおかげでうまくいったよ。でも殿下も一緒にグラン領に来ることになって、兄様と両親がきっと驚くと思うの。大丈夫かしら」
『やっぱりにゃ~束縛男にゃん。それにしてもよく説得できたにゃ~アナは優秀にゃ』
「そうなのよ。本当にすごいのよ。隣国に嫁いでしまうから、ずっと一緒には居られなくて寂しいのだけど」
『隣国?もしかしてユリゲーラにゃん?』
「そうよ、一番近い隣国で、小さい時に友好の証として第一王子、今は王太子と婚約したのよ」
『げっルールの愛し子の王太子なのにゃ~。あのルールが優秀だと言いていたから安心にゃ~。でも、ルールの感性も変にゃ~。やっぱりちょっと心配にゃ~』