第18話 黒いモヤに突然襲われました。
「僕のマリア。今日も可愛いね」
いつものお茶会にやってくると、まぶしい笑顔でアロイス殿下がエスコートしてくれた。
「ごきげんよう。アロイス殿下。この間は素敵な花束と誕生日のプレゼントをありがとうございました」
「本当はマリアの10歳の誕生日だから、部屋中を薔薇の花で埋め尽くしたかったんだけど、アナがそれではマリアが寝る場所がなくなるというから諦めたんだ。別に僕の部屋で寝ればいいと言ったんだけど、それもアナが却下してきて。ちょっと残念だったよ」
アナ様ナイスです。心でグッドマークをつけた。送られた薔薇の花束は大人がやっと抱えられるほど大きかった。部屋中はさすがに…。もちろん一緒に寝るなんて緊張して眠れないから却下だ。アナ様ありがとうございます。
今日は王宮のシェフご自慢のリンゴパイだった。甘酸っぱいリンゴとシナモンの風味が口いっぱいに広がった。ああ、美味しい。
「最近マリアがリンゴのお菓子にはまっていると聞いてね。気に入ってくれると嬉しいな」
……私の好みが殿下に筒抜けな件について、そろそろ聞いても大丈夫だろうか。
お茶会も終わりの時間が近づいた頃だった。庭の片隅に知っている庭師を見つけた。あれは王宮の端の庭を担当している若い庭師だ。散歩をしている時に挨拶をしてくれたことが何度かあったので覚えている。こちらは王族の住む奥宮に近い庭で、専用の庭師がいるはずなのにどうしたのだろう?
「マリア、そろそろ戻ろうか?」
「あ、はい、今日はありが……」
立ち上がって挨拶をしようとしたとき、庭師の男がこちらに向かって走り寄って来た。手に剪定用のハサミを握っているのが見えた。殿下からは死角になっていて見えていないようだ。まさか殿下を⁈
「殿下……!!」
慌てて殿下に逃げるように言おうとした瞬間、右脇腹辺りに激痛が走った。
「え……」
「マリア!貴様~!!」
殿下が庭師に魔法攻撃をしたが、何故か魔法は庭師にきいていないようだ。
何が起こったかわからない。女神の加護の気配がない、まるで断罪後の崖落ちの時のようだ。痛みに耐えながら出来るだけ離れようとしたとき、近くに控えていた護衛がようやく気付き庭師を制圧した。刹那、庭師からゆらりと黒いモヤが立ちのぼった。
「あ……」
力が抜けてその場に倒れこんだ。血がどくどくとドレスを赤く染めていく。もしかして、これは死んでしまうかも……。
『にゃぁ』
遠くにララの鳴き声を聞いた気がした。黒いモヤに気を付けるって言っていたのに……でもこんな突然は無理ゲーよぉ……だんだんと目の前が暗くなった。
「マリア、だめだ、目を開けて……」
―――瞼に薄っすら光を感じて目が覚めた。体が重く動かせない。
「マリア……マリア、大丈夫?僕がわかるかい?」
目を真っ赤にした殿下と目が合った。声がかすれて出なかったので、コクリと小さくうなずいた。
「3日も目を覚まさなくて……ごめん……僕がついていながら、君を守りきれず怪我をさせてしまった。僕の過信だ。強い魔法が使えるから君を守れると思い込んでいた」
俯く殿下から後悔の涙がこぼれた。
「魔法だけではマリアを守りきれない。こんな事、二度とないように剣術も習う、絶対守れるようにするから僕から離れないで欲しい」
殿下のせいではないと言いたかったが、小さくうめき声がもれただけだった。
「喉が……水は飲めそうかい?」
殿下は水を含ませた布を口元に近づけてくれた。少しずつ水を飲みこむと、喉の渇きがおさまっていった。
「で、殿下のせいではありません。責任を感じないでください。すぐに元気になってみせま……す」
そこまでしゃべると力尽きて、また眠りに落ちた。
殿下のせいではないです。これは黒いモヤが原因で、でも女神様の加護が効かないなんてどうしたらいいのだろう?
怪我は治癒魔法師が、全力で治してくれた。怪我が治らない間、殿下が死んだ目になっていたからだ。ただ、異常なほど治りが遅かったと気になる言葉をかけられたのがひっかかった。
あの時だけ加護の気配が無くなった件と合わせて、ララにも相談しておこう。
あれから殿下は、騎士団の鍛錬場で剣術を習い始めた。今までは魔法だけでは攻撃も防御も可能だったため、剣術はほとんどしてこなかったらしい。
あの事件以来、殿下は時折暗い顔をすることがある。何かあったのか気になる。