番外編 ② 白猫ララのひとりごと
『はあ~やっぱり神殿は落ち着くのにゃ~』
最近はずっと猫の姿だから、前足ピーンと伸ばしても、はしたないとか気にしなくていいから楽でいい。
それにしても、あの時の私は何故異世界に行ったのか……いや、そこはもう退屈が限界を突破して深く考える前に行動してしまったから、仕方ないと思って許してほしい。4柱の神々にも迷惑をかけた自覚はあるし、散々お説教もされたので、かなり凹んだし反省もしている。
時空を越え、異世界で赤ん坊に転生して生を受けた。見たこともない世界にワクワクした。こちらの世界はたくさんの国があった。自分たちの世界では、長らく平和が続いていたが、こちらの世界では戦争している国がある。今もどこかで人が戦争で亡くなっているのは、辛い事実である。
神としての生よりも、人間としての生は大人になるのが早かった。優しい両親と兄弟がいた。高校受験、大学受験も頑張った。そして無事卒業して、私はブラックだと言われていた乙女ゲーム会社に入社した。何せ退屈過ぎて転生したのだ、ブラック企業で死ぬほど働くという体験に興味があったのだ。
今ならその時の私に、声を大にして言いたい。
「労働基準法は大事!健康第一、ブラック企業はやめておけ」
入社当時は、それでも忙しいなりに休みもあった。でも昇進して、乙女ゲームの企画チーフの役がついた時に生活が一変した。来る日も来る日も仕事に追われ残業、月100時間を超える残業は精神を蝕んだ。終わらない会議に打ち合わせ、出しても出しても没になる企画書。疲れ切った私は考えることを放棄したのだ。
そして私は、自分が守護する世界を舞台に乙女ゲーム[聖なる薔薇と5カ国物語]を企画書として提出したのだ。幸いなことに、時空を越えている時に偶然見た、いくつかのパラレルワールドを覗いたストーリーを覚えていた。
それは、半神を置いて時空に飛び出した直後、目の前に少し先の未来を示す世界が時空の隙間から見えたのだ。そして、そこに女神の愛し子マリアローズがいたのだ。長らく愛し子をつくらなかった私は興味を引かれ、マリアローズを中心にいくつかのパラレルワールドを覗いたのだ。
ひとつは王太子アロイスと結ばれるパターン。その他近衛騎士見習のロイドと結ばれたり、学園の教師であるチャールズと結ばれるパターンもあった。隣国の公子と結ばれて、隣の国に輿入れするパターンもあった。一番過激だったのは魔術師ルルーシェとの組み合わせだ。恋愛が進むと監禁されたり、束縛されたりとあり得ない展開になることが多かった。
まあ、この世界はそうなるか、ならないか、いろいろな道が分岐する。あくまで今見た世界も現時点での可能性なのだ。そして、一通り覗き見た私は満足して、異世界転生を果たしたのだ。
まさかこの時に見た世界を題材に、乙女ゲームの企画書を書くなんて想像もしていなかったし、まさかあれほど没になっていた企画書が、この時はすんなり通るとも思ってもいなかった。自分の知っている国、実際に存在している人物をモデルにするのだ。かなりの説得力があったのは否めない。
ただあの時の私は、仕事が辛すぎて何も考えられなかったのだ。
「馬上チーフ、このキャラクターはSですか?」
「ああ、この魔術師はドSよ~。監禁されてたもん~」
「……チーフの体験談が参考ですか……?」
「ま、まさか、なんだろ~夢かな~」
質問されるたび、私は時空で見た世界を設定にしてあげていったのだ。
なんとか無事に、乙女ゲームを配信することが出来た。これでやっと寝れる、死亡フラグは回避……などと考えていると、上司の部長が近づいて来た。嫌な予感しかしない。
「馬上君。今回の企画書良かったよ~。いや~私も嬉しいよ。それで、上が乗り気でね~早速続編も作ろうという事になってな。早速なんだが来週までに企画書よろしくな~」
わっはっは~と去っていく背中に殺意が沸いた。いや、殺さないけど……。来週、企画書……。今日は金曜日だ。来週とはまさか月曜日のことだろうか??まさか、今から寝るなと言うのか……
「とりあえず帰って、シャワー浴びたい」
車のキーを握りしめ、急いで帰宅の準備をした。いつも終電に間に合うとは限らなかったため、車で通勤することが多かった。
続編の制作は、更に寝る暇がないほど過酷を極めていた。半年ほど過ぎたある日、私は一時帰宅の運転中に、心臓発作を起こしたのかもしれない。激痛と薄れゆく意識の中、目の前にひかれそうな猫を庇った女性が見えた気がした。
気がつけば、精神体に戻っていた。半神とはいえやはり神だ。肉体が無くなっても死なないらしい。横を見るともう一つ魂が浮いていた。とても綺麗な魂だ。私が命を奪ってしまった……泣きながら向こうの世界のルールに連絡を試みた。こちらの世界に来た私のスマフォから、いきなりルールの声が聞こえた時はびっくりしたけど、今はありがたい。何としても、この魂を消すようなことをしたくなかった。
ルールのお陰で、女神に戻り、魂をマリアローズとして転生させることが出来た時は、本当にほっとした。
だから、マリアローズが前世の記憶を取り戻した時、乙女ゲームの[聖なる薔薇と5カ国物語]の世界と変わらないこの世界を見て、自分が乙女ゲーム聖薔薇のヒロインになって、異世界に転生したのだと思われてしまったのだ。
いろいろ複雑な事情があるので、今もそこはマリアに説明していない。
私自身触れたくない過去だ。
もういいじゃない。マリアはハッピーエンドになったのだから
言い訳じみたことを思いながら、そっと私は自分のしでかした黒歴史に蓋をした。
これからも、マリアの幸せを全力で応援するし、協力もする。これがせめてもの罪滅ぼしだと思っているのだ。
『ん~のんびり猫ライフ最高にゃ~』
夕方の柔らかい日差しを浴びて、グッと伸びをした。
お読みいただきありがとうございます。残り一話です。