第103話 ドラゴンの襲来
ドラゴンは荒い息を吐きながら、しきりに辺りを見回している。
「何かを探しているの?」
あの大人しかったドラゴンは、今にも人を襲いそうな雰囲気だ。逃げ遅れた人たちがドラゴンの前に何人かいる。ドラゴンは大きなしっぽを振り上げ、人々を威嚇している。
「何か、どこかに」
その時、逃げ遅れた人の中に見覚えのあるものが見えた。緑と黒のマーブル模様の卵だ。
「あ、アロ様。ドラゴンの卵です。あそこに!!」
「卵を追ってここまで……」
逃げ遅れた人の中に、身重の女性がいた。蹲って動けなさそうだ。アロ様は小さく舌打ちして、妊婦の元まで駆けつけ自分のペンダントを妊婦の首にかけた。
「少しでも遠くへ逃げてください。そのペンダントを絶対外さないで」
「アロ様……」
「大丈夫だ。僕なら魔法もあるし防御できる」
ドラゴンは卵を求めてさらに怒気を強めている。このままでは、犠牲者が出るかもしれない。兎に角、ドラゴンに卵を返さないと……
アロ様は、魔法で防護しながら住民を避難させつつ、ドラゴンに対峙している。
リリが私の肩に乗ってきた。
『たまご、さがす、とうぞく、ころす』
「人を殺しては駄目よ。いくら盗賊が悪くても、人を殺したドラゴンは最悪殺されてしまうかも……兎に角卵を取り戻さないと!」
『マリア、気をつけるのにゃ!』
私は、そろりそろりと卵を持つ盗賊の背後に近づいて行った。そして、彼らがドラゴンに気を取られている隙に、卵を横から掠め取った。
「こいつ、返せ!!」
盗賊が暴れて、人が押し寄せ私は卵と一緒に押し出されて倒れてしまった。卵は抱え込んで無事だ。だがそこは、丁度ドラゴンの目の前だった。ドラゴンは正気を失っていて、私のことに気づいていない。ドラゴンはしっぽを振り上げ私の方へ向かって振り下ろした。
「マリア、危ない!!」
アロ様は私を庇いながら防御魔法を展開していた。私の周りには逃げ遅れた住民が多数いた。私だけならペンダントも女神の加護もある。死なない程度のかすり傷は覚悟しないといけないが、住民はそうはいかない。
「ドラゴンさん!ドラゴンさん!!落ち着いて、お願い、ここにあなたの卵があるから、もう、大丈夫だから」
私は必死に叫んだ。でも、まだドラゴンには届いていないようだ。アロ様は住民の避難を優先して、防御魔法で守ることに集中していた。
「今、そっちに行くから、大丈夫だから」
そう言いながら、私は少しずつドラゴンに近づいて行った。盗賊はドラゴンが怖いのか、卵を奪い返しには来ない。ドラゴンの目にも、少しだけ冷静さが戻って来たようだ。さらに近づくと、私は両手を伸ばして卵を掲げた。私の頭より大きい卵は結構な重さだ。
『……いとしご、たまご、かえす』
肩に乗ったリリが言葉を伝えてくれた。ドラゴンは卵と私を見て、ギャアと鳴いた。どうやら完全に正気に戻ったようだ。そろりと近づき器用に前足で卵を優しく掴んだ。そいて、翼を広げて高く空に舞い上がった。
「ドラゴンさん、人間が悪いことをしてごめんなさい」
ドラゴンは私を見て、ギャアと鳴いてからルラーゲ山脈へ向かって飛んで行った。
『いとしご、わるくない、いってた』
「そう、ありがとうリリ。アロ様、だいじょ……」
そう言って振り向いた先には、倒れたアロ様とララがいた。
アロ様の周りは血で真っ赤に染まっていた。慌てて駆け寄る私にララが説明してくれた。
『アロイスは住民を庇って、防御魔法を使って避難させていたのにゃ。その隙をついて、卵を奪われた腹いせに盗賊が後ろから剣で刺したのにゃ。盗賊は、あとから来た警備兵に取り押さえられたけど、アロイスは……』
「アロ様、今すぐ癒します。頑張ってください!!」
「マリア……」
真っ青な顔のアロ様が私の手を握って、止めようとした。
「どうして、アロ様……」
『ダメなのにゃ。これを見るにゃ』
ララは、首につけた石を見せた。死するものに反応して黒く染まると言われた石が、真っ黒に染まっていた……
「う、そ……そんな……」
アロ様が死ぬ運命??そんな、今私が癒したら助かるのに……。いや、助ける。絶対に死んで欲しくない。例え、私の魂を持っていかれても、絶対に……私はアロ様の手を握った。
「……だめ、だ。ぼく、は、いいから……」
「嫌です。私はアロ様に死んで欲しくない」
アロ様は、朦朧としながら抵抗しようとしたが、力が入らないのか、ぐったりとしている。
『……マリア、いいのかにゃ。それが望みなのかにゃ』
「そうだよ、ララ。女神の愛し子にしてくれてありがとう。お陰で、大好きなアロ様を助けることが出来る。これでいいの。これが私の望みだから」
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