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7 大どんでん返し


ファビアの事件があってから、ますますローレンス学園の雰囲気は悪くなる一方だ。


なのに、この時期にローレンス学園で舞踏会が開催されることが決定した。

しかも、主催者はトマス第二王子だ。


この時期に大々的な舞踏会を開いて、現婚約者であるジルベルダとの婚約を破棄し、次の婚約者を決めるのではと噂が拡散している。

こんな醜聞を王家が広める訳もなく、出所はモニカだ。



ジルベルダが一人でいつもの校庭の奥で昼食をとっていると、レイがやってきた。


「今度の舞踏会のエスコート役はいるの?」

レイの耳にも、今回は一人で舞踏会にきてくれとトマスに言われたことを聞き付けたのかと、その情報の速さに驚く。


「そうなの。一人よ」

以外にさっぱりしているジルベルダにレイが狼狽えている。

なぜ、レイさんが慌てているの?と可笑しくなる。


「あのね、今回は一人()いいの。だって婚約破棄されようが、どうってことないわ。だって私やりたいことを見つけたの。だから、王子様なんて・・もういいの」


「・・一人がいいなんて・・・」

今度はレイさんが何故か傷ついた顔をする。

もしかしたら、私が虚勢をはって空元気を見せているだけだと思っているのかしら?


ジルベルダは自分が元気だと証明するために、レイにこれからの自分の夢を語った。


「私、庶民の人々・・とくに子供達に文字を教えたいの。だってこの国は識字率が低いでしょ? 先ずは手をさしのべる事の出きる数人からでもいいの。小さな事から始めるのよ」


前世の自分は男に振られて、そこで終わってしまった。

再び男性に振られようとしている今は、地に足付けて踏ん張ろう。

そして、男に振り回されない人生を選ぶだけだ。

人生に遣り甲斐を見つける、それがジルベルダの前進の一歩。


「・・・それは・・一人でするの?」


レイがポツリと尋ねる。


「賛同してくれる人がいるなら、一緒にしたいわ。ボランティアに興味があるご令嬢で、子供好きなら尚いいわ」


「・・・令嬢と・・」

意気消沈するレイ。

それを心配をしてくれたのだと勘違いしたジルベルダは、明るい笑顔でこういった。


「レイさん、心配しなくても大丈夫。どんな事でも失敗は付き物よ。それに最初は理解してもらえない事でも、がんばっていればいつか、誰かが応援してくれるわ」


レイが被せ気味に話す。

「それなら、私が応援する。それと私がなにか始める時に、ジルベルダは応援してくれるかな?」


いつもは冷静な黒い瞳が、期待の眼差しで光っている。

これは、イエスしか言えないやつだ。


「もちろん応援するし、私で出きることなら何でも手伝うわ」


いきなりレイがジルベルダの手を両手で掴んだ。


「本当に? 一緒に手伝ってくれる?」


勢いが良すぎてコクコクと首を縦に振るだけで精一杯だった。

握られた手は暖かくてふわふわした気持ちになる。

さっき、男性はもう要らないと言っていたのに・・・。

なんとも頼りない決心に我ながら失笑した。







舞踏会の当日、天気は今にも雨が振りそうは程、低い雲が垂れ込めている。


私にぴったりの天気だわ。

この日のためにトマスがなぜかジルベルダにドレスを送ってきた。

婚約破棄するつもりの令嬢に、最後の情けのつもり?


広げたドレスは悪役令嬢が着そうな、赤い小花の刺繍が施された真っ黒なドレス。

鏡に映った自分を見てジルベルダは驚愕した。


このドレス姿は、あのゲームの最終イベント悪役令嬢の断罪シーンにそっくり。

妹の言葉が今ごろになって鮮明に甦った。


『ほら、派手好きの悪役令嬢がこの黒のどぎついドレスを着て、大勢の前で婚約破棄されるんだよ。これでヒロインは第二王子様と、めでたしめでたしなの』


ふらつく・・。

体に力が入らない。

脳内にその時に見せられた映像がするすると入ってくる。


私が悪役令嬢だったなんて・・・。

鏡に映る瞳は赤く見える。

「ふふふ・・・どおりで何をしても悪者にされるわけね・・・何もしてないのに断罪されるのかしら?・・・そうなったら・・なにもできない? レイさんにも会えなくなるの・・・?」


断罪される怖さより、レイに会えなくなる方が嫌だった。


動かなくなったジルベルダ。

心中を慮るダフネが、その小さく震える背中を擦る。


「大丈夫ですよ。お嬢様の味方は必ずいます」


ダフネは気休めでものを言う女性ではない。

ジルベルダの父である、ルリオ・ブロスキット公爵が何らかの手を回してくれているのかもしれない。


そうだ、それに、私は何もしていない。胸を張って舞踏会に出席するわ。

顔を上げてジルベルダは歩き出した。



ジルベルダが一人で会場に入ると、辺りがざわつく。


しかし、臆することなく堂々と会場の真ん中に突き進んだ。


そのジルベルダの前にトマス殿下が立ちはだかる。

いつも優しげな顔のトマス殿下。

今日もいつもと変わらないが、今の微笑みは少し悲しげに見えた。


妹の見せてくれたスチルで見たトマス殿下とは異なっている。

ゲームの顔は怒りに満ちた顔だったが、今のトマスの顔はまるで違った。


少し言い淀んだトマスから出た言葉は、やはり婚約破棄の申し込みだった。


「ごめん。ジルベルダ・・・。私と交わした婚約を破棄してほしい。これは私の我が儘だ。許して欲しい」


その台詞も、ゲーム内のトマス殿下とは違った。

申し訳無さそうに謝るトマス。

幼い頃から決められた婚約に、激しい恋慕の気持ちはなかったが、恋愛感情に似た仄かな思いはあった。


ジルベルダは寂しさと同時にほっとした安堵の気持ちを抱えて頷く。


「はい、承知しました」


すぐにトマス殿下は婚約破棄の書類をだした。

今すぐにでも、サインが欲しいということか・・・。

そんなにも嫌われていたのかと愕然とするが、吹っ切るにはサインした方がいい。

そう決意して、ペンを取り署名する。


するとトマスは「これでいいかい?」と後ろにいたモニカに書類を見せた。


「やったー。悪役令嬢との婚約破棄ね!! これで私はトマス殿下と結婚できるのね!!」


余程嬉しいのか、モニカはドレスの裾を翻して跳び跳ねる。

貴族の令嬢にあるまじき行為だ。


しかし、次期王子妃の彼女に指摘するものはいない。


トマスがモニカにピカピカ光る書類にサインを求めた。

「それじゃあ、これにモニカのサインを書いて」


モニカはジルベルダの顔を見ながら、嫌味ったらしく横目で笑い、その書類に署名した。


「やったわ!! これで私がいずれはこの国の聖王妃よ!!」


喜ぶモニカにベニートが怒声を上げる。

「ちょっと待ってよ。私はどうなるんだ!!」


全ての攻略対象を攻略していない今時点では、逆ハーは成立していない。誑かされた男達が怒りを顕にした。


大人しい婚約者のリリアーナを恐怖で支配しようとしていたマリオも、人を押して人の輪から出る。

「俺は侯爵家の婿の座を捨ててまで、モニカに尽くしたじゃないか!!どうしてくれるんだ!!」


ジャン・メストも『捨てないでくれ』とモニカにすがり付いた。


ジャンを足蹴にしたモニカは、今まで見せていた可憐な笑顔ではなく、見下した笑顔で冷たく言い放つ。


「ごめんなさいねぇ。もうあなた達に用はないの。だって私・・トマスと結婚しちゃったからぁ。ねえ、トマス」


しばらく呆然としていた男達だったが、このままでは大変な事になると今さら事の重大さに気が付いた。


モニカに捨てられた男達。

ある者は、自分が捨てた婚約者にすり寄る。

「悪かったよ。クラリッサ。君がモニカを噴水に落としたなんて、嘘だと思っていたよ。だから、もう一度やり直してくれないか?」


ある者は高圧的に元婚約者に命令する。

「お前は俺がいないと何もできない女だ。俺がしっかりと侯爵家を継いで面倒を見てやる。分かったな」


ある者はひたすら謝る。

「ごめんね。ブリジッタ・・。きっと君なら許してくれると信じているよ」


元婚約者の女達は嘲笑う。

「自分の婚約者を躊躇もなく裏切ったあなた達の元に、帰るわけないじゃない」


マリオに萎縮していたリリアーナもマリオに向かって、怖じ気づく様子はもうない。

「今さら、あなたみたいな野蛮な男、ごめんだわ。それに、あなたのような男が侯爵を継いだら、品位が下がるでしょ? さぁ、もう用はないから私の名前を呼ばないでくださるかしら?」


リリアーナの変わりようにマリオは呆然とするばかりだ。


婚約者を蔑ろにした彼らが、この先に妻を娶るのは難しいだろう。

貴族社会の情報は速くてそして尾鰭がつく。

彼等が婚約者にしたこともそうだが、さらに浮気相手にもこっぴどく振られ捨てられたとなれば、その馬鹿と可愛い娘を結婚させようとする親はいないだろう。


それに、これを聞いた彼らの親が除籍処分にするかもしれない。


どちらにせよ、婚約者に酷く当たった代償は高くついた。

男達は項垂れて座り込む。

今は立っていることもできないようだ。


元婚約者のへたり込んだ姿を堪能した彼女達は、愛しいトマス殿下の元に走り出し、トマスに寄り添い立っていたモニカを邪魔だとばかりに突き飛ばした。


「それに私達は揃ってトマス王子と結婚するんですもの!!」


突き飛ばされたモニカが大声でトマスを呼ぶ。

「トマス殿下?!どういう事なの? 私の他にこれだけの女とも結婚をするというの? 私が聖王妃じゃないの?」


トマス殿下は相変わらず、優しげな顔で見下している。


「うーん。残念だけど君は聖王妃にはなれないよ。だって、君のやり方は酷かっただろう? だから、私の妻達が君だけは許せないって言うから、君には罰を与えることにしたんだ」


「ばつ? 罰って何よ!!」


トマス殿下は、めんどくさいことは早く終わらせたいとばかりに、さっきモニカがサインした光っている書類を見せた。


「君がサインしたのは、君が永遠に妻達の奴隷になる契約の書類だよ。これって隷属魔法がかかっているから、君は妻達から逃げられないよ。ごめんね。でも私も君だけは許したくないかなって・・・」


モニカが捨てた男達に向かって叫ぶ。

「私を助けて!!」

だが、流石に誰も動かない。


「ほら、こっちに来なさい。今日から離宮でしっかり働くのよ」

クラリッサが命令すると、気持ちとは関係なく否応なしにモニカの体は動き、離宮に歩き出す。


「いやーーーー・・・」


モニカは抵抗の声を残したまま、体は離宮に去って行った。



トマスがジルベルダに幼い頃に見せていた笑顔を向ける。

「ジルベルダ、ごめん。私は君にずっと隠していたことがある。私は昔から一人を愛するなんてできなかった。だから、君が私に寄り添おうと『殿下はどんなタイプの女性が好きですか?』って聞いてきたけど・・・私は私の事を愛してくれる子が好きなんだ。だから、タイプなんてなかった。でも、一生懸命な君に言えなかった」


ああ、だから彼は私が向き合おうとする度に、話を逸らしていたのか・・・。

いつもトマス殿下と話ているときに感じる違和感はそれだったのか・・・。


「ジルベルダ、君は君と真剣に真正面から向き合ってくれる人と一緒になるべきだよ」

トマス王子が、ジルベルダの肩を持ってクルンと180度半回転する。


そこには、黒髪に黒い瞳のレイさんが・・・。


「私はレイモン・ド・コルト。この国の第一王子です。ジルベルダ、君は自由になったばかりだ。これからの事を考えたいとおもっているんだろ? でも、その選択肢の一つに私の手を取って共に歩くという道も考えて欲しい」


見違えたレイさんは、王太子の礼装をきてジルベルダの前に跪く。


あれ?


これは選択肢と言いながら、もしやこれは?


「私と結婚をして一緒に歩いてほしい。私は幼い頃から君だけをみていた。でも先にトマスと婚約していただろう? これからは遠慮なく攻めるよ。君以外には結婚はしないし浮気もしない。なんなら、誓約書にサインしよう。」


「サインしなくていいです」


私って今までにこんなに求められた事あったかしら?


「もし、信じられないなら、隷属の書類にサインする」


「・・・しなくていいです」


必死にすがられたこともなかった。

それに、レイモン王太子殿下の顔はジルベルダの好みの顔だった。



気が付いたらレイモン殿下の手をを取り『よろしくお願いします』と返事をしていた。



来月で漸く17歳よ。

人生、一人で生きていくって決めるには早すぎるわ。


やっぱり、愛して愛されたい。


前世からずっと望んでいた、自分だけを愛してくれる最愛の人に、漸く巡り会えたのだ。


会場がざわつく中、レイモンが手をジルベルダの腰にまわし、「それではファーストダンスを私と踊って下さいね」と微笑むと楽団に合図を送る。


音楽が始まると、他の生徒の存在を忘れているように、恍惚の表情でジルベルダを見て呟いた。


「やっと、手にいれた・・」


「え?」


「ああ、君のそのドレス・・君の瞳の赤と私の瞳の黒を模して作ったんだ。気に入ってくれたかな?」


(あなたの好みだったのですか・・・私はてっきり悪役令嬢が着る制服なのかと思い、覚悟して着たのですよ!!)


でも、あまりに嬉そうに目を細めて見るレイモンに言えるわけもなく・・・。


「ええ、とっても気に入りましたわ」


微笑むジルベルダに、レイモンが目を瞪る。


「ああ、私が見たかったのはこのスチル(▪▪▪)だ」


「え? レイモン殿下、何か仰いました?」


「いいや・・・愛しいあなたが目の前にいる・・・幸せだなって」







   ーーー完ーーー



最終話まで読んで頂き、ありがとうございました。


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