第二話
「どいたどいたー!!」
住人達をかき分け、街中を疾走する。一歩を踏み出すたびに血が体を巡り、体で風を切る感覚が伝わってくる。家からの脱走はこれがたまらないからやめられないのだ。
「あそこだ!お嬢様を捕らえろ!」
大柄の男、ブリムの大声で周りから好奇の目線を一身に受けるが、気にせず全力疾走を続ける。十数回目の脱走ともなると執事達の動きも洗練されてきて、何度も追いつかれそうになる。牽制として弱い水砲を幾らか後方に飛ばすが、大した効果はなく距離は縮まる一方だ。
「ジリ貧ね……げ」
前方から長身の影が飛び出してきた。まあ予想はできたが、案の定先回りされていたようだ。しかも執事一厄介なクイントに。
「もういいでしょうお嬢様。潔く捕まってください」
気怠げに言う彼女だが、まだ秘策が残っている。
「悪いわね! 私、諦めが悪いの! 『インクレス』!」
詠唱と同時に自らを中心にして、勢いよく水を放出する。周囲の住民に被害が及ばぬように威力は控えめだが、目眩しには十分だ。勢いに任せてそのまま離脱
———と、思いきや、前に激しくつんのめる。クイントの右手が足をがっしり捕らえ、離そうとしない。
「面倒なんで、もう帰りますよ」
このまま家まで引きずられて、飽き飽きした生活の続きだなんてまっぴらだ。すっかり一仕事終えた雰囲気で、気が緩んでいるクイント。近いが、まだもう少し距離の離れているブリム。ここまできたらやることはただ一つ。
「気合いと根性、よ———!!」
クイントの握力が再度強くなるが、お構いなしだ。一度抜けてしまえば地の利はこっちにある。
「ふんぬ!」
最後の一踏ん張りで、足の痛みの代償に自由を得た。こうなればもうこっちのものだ。数少ない余力でもう一度規模を絞ったインクレスを放ち、二人の動きを短期間だが封じる。その間に道を曲がり、地図にない路地を目指す。
その路地に入ることさえ、それさえできれば———
※ ※
「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい? なんでしょうか?」
「つい先ほど女性がここを通ったと思うのですが、どちらに行ったか教えてくださいませんか?」
「あぁ、彼女なら路地の奥に走って行きましたよ」
「そうですか、ご協力感謝します」
「……あ〜怖かった! で、一体なんなんだ君は!」
一か八かで路地で黄昏ていた男に声を掛けたのは正解だった。
「私はクリス・メディアム、ありがとう、助かったわ。あと、名前を教えてくれないかしら?」
「俺はアイディオ、アイディオ・セアンだよ。俺からは、もう少し詳しい説明を望んでおくよ」