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雑誌の売り子のバイト2


 僕、フユと彼女、というと変な誤解をする方もいるかもしれないので、少女、ハルは、とある一身上の都合で毎日を転々とするバイト生活を送っている。

 家はない。

 学校にも当然通っていない。

 日雇いの、給料その日手渡し払いのバイトを毎日続け、そのお金でネットカフェ、もらえる給料が大ければ安ホテルに泊まるといった生活を、もうかれこれ一年以上繰り返している。

 

 正直言ってつらい。

 着ている服は次第に汚くなるし、お金に余裕もないから同世代の子のように娯楽にお金を費やすこともできない。

 将来何になろうか、なんて夢を抱くことも許されないし、そもそも夢を持つような余裕すら与えられない。

 チンピラに絡まれたりもするし、ガキだからって給料を渋るような業者にも何度も会ってきた。

 おそらく普通の高校生として暮らしているような人が、一日でも僕たち二人のような生活を体験すれば、きっと自分の人生が如何に幸せな人生であったかを悟ることだろう。

 けれど、僕達は今のこの生活をやめるつもりはない。

 それはもちろんやめられないというのが大きいのだが、それ以上に、それはこの生活が、約一年前の生活よりは幾分かマシだからというところに起因する。

 あの頃にだけは戻りたくない。その強い決意と、この生活のほんの些細な幸せが僕達二人をこの一年繋ぎ止めてきた。

 あの頃に戻るなら死ぬ。そうお互いを鼓舞しながら、励まし合いながら、時に貶し合いながら苦楽を共にしてきた。

 もっとも、楽の部分はほぼ皆無に等しいのだったが。

 そして、今日もそんな決意を胸に秘めながら僕たちはバイトに励む。

 互いに傷をなめ合い、互いに協力し合い、一生懸命、全てを忘れることができるように。



「セントラル、セントラルいかがですかー。一冊300円でーす」

「本―本あるよー」

 

 某都心駅口。

もしかすると、何人かはこの場所を行き来するためだけに作られたロボットなのではないかと勘違いしてしまうくらい莫大な人数が闊歩する早朝。

 僕とハルは予定通り、業者から渡された雑誌の売り子として、支給されたポロシャツを着て(さすがにハルは全裸ではない)、客引きのための呼び込み兼販売を行っていた。

 あらかじめ許可が取られていた場所に机を置いて、さらにその上に置かれた約50部くらいの雑誌を一冊一冊手渡しで売っていく。

 表紙には『あの既婚俳優がまさかの浮気⁉見知らぬ未成年の少女との夜の一幕』とあり、そのキャッチ―な見出しが功を奏しているのか、売り上げは割と上々だった。この調子でいけば二日連続のホテル宿泊も見えてくるかもしれない。がんばろう。


「本―本。あるよー」


 ……とは言ってもまずはこっちを何とかしないとな……。

 僕は、雑誌、セントラルを握り、一生懸命ぶんぶんと振って、そんな奇怪な売り文句を口にしている

ハルを見やる。

 ハルは売り子を開始した時からずっとこんな感じで、ただそれをそれらの行為をひたすら繰り返すマシンと化していた。

 最初は何事にも消極的なハルが珍しく頑張っていたので放っておいていたのだが、さすがに30分ほども経つと、そこらへんでたむろしていた学生やらがひそひそとハルの方を見ながら会話をし始めた。

 そろそろ止めないと何か面倒くさいことになりそうだったので僕は一旦客が止んだところで呼び込みをいったん中断し、謎の言動を繰り返しているハルを文字通り呼び止めることにした。


「ねぇ、ハル。その声かけはおかしくない?」


 駅口ということもあって騒音が酷いので、僕はなるべくハルに近づいてそう言った。

 僕の声に気が付いたハルが例の声かけを止めてこっちを向く。


「そうなの?何で?」

「うーん。何でと言われてもね……」


逆にこっちが聞きたい。どうしてそれで売れると思うのか。

 その呼び込み(?)では、本があることをただ主張しているだけだ。客からしてみればそもそも本を売っているということが分かるかどうかすらも怪しいだろう。本当にどうしてそれで売れると思うのか、46時中問いただしてやりたい。

 しかし、それをハルに伝えたとしてもおそらくハルは理解することはないだろう。

 ハルは知力、というか思考力が著しく欠如している。何の装飾もなく、有り体に言ってしまうとアホの子というやつだ。それでいて精神面では僕よりも一丁前なのだからなおさら手に負えない。

 下手に反論して水掛け論になるのも億劫なので、僕はそっとアドバイスを送ることでそのある意味センセーショナルな呼び込み方法を改善することにした。


「もっとソレの魅力とかを伝えた方が、お客さんも足を止めてくれると思うよ」


ハルは人の言うことを言語的に理解する能力に欠けている。しかし、自分で考えたことや感じたことを伝えることであれば十分に可能だ。むしろその点に関しては優秀と言える。


「分かった。やってみる」


 僕がそう言うと、案の定、ハルは心得た、とばかりに力強く頷いた。いつもは半眼でただ『うん』だの、『ああ』だのしか言わないのに珍しい。案外こういうのが好きなのかもしれない。

 僕が一人感じ入っているとハルはさっそく呼び込みを始めた。


「読める―。文字いっぱいー。絵が無いー」

「ちょっと待たんかい」


 僕は即座にその口を塞いで黙らせた。ハルは手を離すときょとんした顔で僕を見る。その顔には「え、違った?」と書かれていた。


「え、違うの?」

 

 しまいには言ってきた。


「違うね。だいぶ違うね」

 

 力強く頷く僕。

 確かに『ソレの魅力を伝えるのが大事』とは言ったが、ソレというのはあくまで雑誌のことであって、本そのものの魅力を伝えればいいということではない。というか最後の絵が無いというのは本の魅力でも何でもないだろう。

 ただの悪口だ。


「じゃあどうすればいいの?」

「もっとこのセントラル自体が読みたくなるように声をかけるんだよ。例えば、新聞販売の人がやってるような『号外―号外だよー』みたいな感じ」

「分かった。やってみる」


 ハルはそう言うとさっきと同じように力強く頷いた。そして売り物の雑誌を矯めつ眇めつする。おそらくセントラルの魅力というのを必死になって考えているのだろう。

 そして、そうすることおよそ3分。ようやく思い至ったのか、ハルは「よし」とばかりに鼻息を荒く吐いた。


 都心の早朝の駅。雑踏は止むことはない。

 皆仕事やら旅行やら買い物でやらで大忙し。その目には、目の前の光景ではなく、自分の目的地の方が映し出されていることだろう。

 そして、その目をこちらに向けさせんとばかりに、セントラルを持ったハルは息を大きく吸って、言った。

 大声で、言った。


「浮気―すごいー浮気―未成年―!」

「はい。もう黙ってようね」


 結果、しばらくハルには呼び込みをさせず、ただ雑誌を持って立っているだけにしてもらいました。


 ……それでも美人だからという理由で、僕より売り上げが良かったことがとても悔しかったです。

 

  

 

 



御一読ありがとうございました。

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