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雑誌の売り子のバイト1


「おはようございます。フロントです。朝の7時を、お知らせします」

  

 安っぽいビジネスホテルの一室。カーテンからわずかに差し込む日の光を受けたベッドの真下の床。

のっそりと体を起こす。一度背伸びとあくびをした後、受話器を取り、フロントからかかってきたそんな何の面白味もないモーニングコールを聞いて、そっと受話器を置いた。


「朝か……」


 呟き、二度寝したい欲求を何とか抑え、顔を洗うため洗面所に向かう。蛇口を勢いよく捻って冷水を出す。額の熱が冷水に吸収されていくのが気持ちいい。

 洗面所から出て、昨日部屋に干していた洗濯物がまだハンガーに掛かっていることに気が付く。

 それらをパッパッと回収して、ついでに着替えることに。

 使いすぎて元の黒色が灰色になってしまったチノパンと、若干伸びてしまった無地の白Tシャツにジャージから着替える。

 僅かに開いていたカーテンを全開にし、ミニ冷蔵庫の扉を開く。昨夜激安スーパーで買っておいた賞味期限ぎりぎりのスティックパン10本入りの袋を取り出す。それをテーブルに置いたところで、僕はベッドの上に目をやった。


「…………」


 そこにはフロントからのどでかいモーニングコール音にもびくともしなかった、ある意味羨ましい感性をお持ちの少女がすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 その少女——色素の薄い髪をベッド中に広げて、それだけでもだいぶアブノーマルにも関わらず、あろうことか全裸で眠っている——その少女に、僕はベッドを揺さぶりながら声を掛けた。


「ハル起きて。ご飯あるよ」


 昨日は普通に起こそうとして「ん……あと五光年……」などと部活の朝練を嫌がる中学一年生みたいなことを言ってきたので、今日は食欲で釣って起こす。

 するとそれが功を奏したのか、最初はむずかるだけでピクリともしなかったハルも眠たそうに目をこすりながら


「うん……なら起きる」


 と言って緩慢とした動作で体を起こした。現金なやつだ。


「それで……今日は何のバイトだっけ?」


 僕の膝の上に置いた袋からスティックパンを互いに取り出しながら食べていると、ベッドに下半身を乗せ、頭だけ僕の膝の上に乗せてきたハルがそう訊いてきた。その体勢、苦しくないのだろうか。


「今日は雑誌の売り子のバイトだよ」


 僕はそのやけに整った顔を見下ろしながら答えてやる。


「……ああアレね」


 するとハルはそう言って、腕を伸ばし、袋からスティックパンをかっさらい、そっと僕から目を逸らした。

 ……これは、またあのパターンかな……。


「ハル、さては何するか分かってないね?」


 僕はもはやお決まりとなってしまった文句とジト目で訊いた。

 ハルが不満気に言う。


「……分かるもん」

「それじゃあ、何する仕事か言ってごらん?」


 顔を近づけて訊く。しかしハルは黙ったまま口をつぐんでいる。いや、口を噤んでいるわけでなく、単に答えることができないのだろう。目はすっと扉の方に逸らされたままだ。


「ん?どうしたのハル?こっちを向いて教えてよ」


 別に意地悪をするつもりはなかったが、僕はハルの小さい顔を掴んで、僕自らも顔を近づけ、訊いた。

そのサファイアのように蒼い目をまじまじと真顔で見据える。するとようやく観念したのか、ハルは若干顔を朱に染めて、僕に自信なさげに告げた。


「……もでるさんのことでしょ?」

……僕は掴んでいた顔を離した。顔も引く。そして苦笑して告げた。

「それは雑誌の売れっ子」

「…………」


 今日のバイトも不安が拭えない僕だった。


御一読ありがとうございました。

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