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葬式のバイト4

「ひーふーみー……今日は割と稼げたな」


 安いビジネスホテルの一室。ベッドの上。

僕たちは、手元でいかにも金持ちのように今日の稼ぎである万札をペラペラと数えながらそう呟いた。これ都度3度目。

 あのバイトの後。即ち葬儀の片づけ終了後。思いの他バイト代をもらえた僕たちはそそくさと葬儀場を後にし、せっかく多く稼げたのだからと、今日はビジネスホテルに泊まることに決めた。

ホテルの従業員に若干白い目で見られるも、そこは流石に安ホテル。チェックの目もそこまで細かくはなく、難なくチェックインすることができた。

 久しぶりのホテルにテンションが上がったが、しかしそれも束の間。ベッドに二人そろってダイブするという恒例の行事をこなすと、することが無くなったので、ならばと、今日の稼ぎを実感するべく、手元の札を数えるフェイズに移行した。そしてそれは意外と楽しかった。のだが、


「フユ。そろそろ飽きた」


 さすがに惨めになってきたのだろう。隣で座っているハルが平坦な声でそう主張してきた。目には本気で飽きていることをうかがわせる真剣さが覗いている。


「たしかに……そろそろやめようか」


 僕もそれには同意なのでいい加減やめる。今更貧乏であることを恥じたりはしないが、心まで貧しくなりたいとは思わないからだ。

 万札を適当に備え付けの机の上に放る。

 僕は久々のベッドの手触りを味わいながら別のことに思いを馳せることにした。


「そういえば、あの時どうして『かわいそう』だなんて言ってたの?やっぱりハルも母親に死なれた息子が『かわいそう』だったの?」


 思い出すのはあの時、

 必死に母親が眠る棺に縋りつく息子と、それを必死に遺族が慰めていたあのシーン。

 その光景を見ていたハルは、確かに小さい声で『かわいそう』と言っていて、僕はその意味が未だに理解できていなかった。

 ハルは最初は僕が何のことを言っているのか分からなかったのか、僅かに小首を傾げて考える素振りを見せたが、やがて、「ああ、あの時のことね」と言って頷いた。


「あれはそう言う意味で言ったんじゃないよ。……そうだね。フユには見てもらった方が早いかな」

 そう淡々と呟くと、ハルは今日着ていたスーツの胸の内ポケットから何か封筒のようなものを取り出した。


「何、それ?」

「遺書だって。お葬式の跡片付けしてる途中に、お母さんの火葬が終わった後だったのかな。あの泣いてた少年が私のところに来て、そう言って渡してきたの」


 僕は首を傾げた。


「遺書?誰の?あの子の母親の遺書ってこと?」


 母親の遺書ということならまだ理解はできなくとも納得はできる。あの子の母親がどんな亡くなり方をしたのかは知らないが、息子なら遺書くらい持っていても不思議ではないからだ。しかし、やはり納得はできない。


「どうしてそんなものをハルに渡してきたの?」


ハルはあの少年と初めて出会ったはずだ。というか話しているとこすら見たことがないので、そもそも出会ってすらいないと言える。それなのにも関わらず母親の遺書をハルに渡す理由が分からない。

なんだろう。僕の知らない間にハルはあの故人の養子にでもなっていたのだろうか。


「違うよ。それはあの少年の遺書だよ」


 そんな風に考察していると、ハルが横から静かにそんな訂正を入れてきた。


「は?」


 僕はあまりの驚きの発言に目を剝いた。

 対照的に、それを言った本人はどこまでも感情の籠ってない顔をしている。

まるでそれがさも分かり切ったことであるかのように。

当然あるかのように。

当たり前でのことであるかのような顔をしている。。

 僕はその表情でさらに分からなくなり、首を盛大に傾げた。


「え?どういうこと?あの泣いていた子が自分の遺書をハルに渡したってこと?何で?」


 突然告げられた衝撃の事実に頭が付いて行かない。

 何で母親の葬儀の当日に息子が遺書を書き残すの?どうしてそれをハルに渡したの? 

 頭が疑問で渦巻く。整理をしようにもまるでスピードが追い付かない。

 強いて考えるなら母親に死なれたショックで息子も葬儀の日に死を決意したとかそういうことだろうか。それくらいしか思い浮かばない。

 やっと絞り出したそんな答えをハルに告げると、ハルは聞こえないくらい薄い溜息を吐いた。

そして、儚げな微笑を見せる。

 まるで「そうだよね。フユには分からないよね」とでも言いたげに。

 その笑顔は、やめて欲しい。

 ハルはそんな僕に構わず、そっと手紙を封筒から取り出した。何の飾り気もない、横に罫線が引かれた手紙。


「たぶん、あの子は気が付いてたんだろうね。私が、あの子がどうして泣いているのかを気付いていること

に。だから私に渡してきた。いい迷惑だったけど」


 そう言ってハルは手紙をゆっくりと開く。まるで仏壇の扉でも開く時のように。優しく。ゆっくりと。

 そこには中央に太い字で遺書と書かれている。そして、その下にたった2文だけ、雑に大きく文章が綴られていた。

 書かれていたのは、


「別に悲しくないのに同情なんてしないで欲しい」

「悲しくないのが、悲しい」 

 


御一読ありがとうございました。

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