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葬式のバイト3

 お葬式の準備も過渡期にさしかかっていた。

 会場の設営。遺体が入った棺の配置。早めに来た故人の遺族などへの接待。などなど、葬儀の1時間半ほど前にも関わらず、会場はてんやわんやの大忙しと化していた。

 故人はかなり人脈が広いお方だったらしい。設けられた会場の広さもかなり大きめで、使われる椅子の数もゆうに200は超えている。早めに会場に到着していて、今は遺体の方に集まっている遺族を見ると、既に20人を超えていた。これから更に関係者やら親族が増えたらと思うとぞっとする。

 アルバイト以外ではめったに二人以上で行動しない僕が数の恐怖に打ち震えながら遺影やら坊さんが使う椅子やらの調整を行っていると、別の場所で仕事をしていたのだろう。ハルが長く艶やかな金髪を揺らしながら僕のもとに駆け寄ってきた。両手には木魚を抱えている。


「どうしたんだハル?」


 何故か木魚を手渡してきたので受け取りながら尋ねる。


「そのヘルメットの置き場所が分からなくて。あのおばちゃんに、だいたい置く場所分かるでしょ、って言われて渡されたんだけど」

「ああ、そういうことか」


 僕は頷いた。木魚のことをヘルメットと勘違いしているのはともかく、どうやらハルは木魚の配置を仰せつかってこの場所にやってきたらしい。それで置き場所が分からず僕に聞きに来たというわけだ。


「分かった。置いとくから心配しないで。他に分からないことはある?」


 僕はちょっと心配になって尋ねた。

 ハルはとにかく物覚えが悪い。昔覚えたことも、人が知らず知らずのうちに覚えてしまう常識というものを身につけないままこの年まで生きてきてしまった。

 何も知らない少女。それが僕がこれまで一年間共にしてきたハルの印象だった。

 案の定、その心配は当たっており、ハルは僅かに考える素振りを見せて僕に言った。


「さっき何か怪しい粉が入った箱を渡されたんだけど、それも置く場所が分からなくて、フユ、置き場所知ってる?」

「オーケー。それは抹香が入った箱だね。それも葬儀で使うからこっちに持って来て。あとその言い方は後々誤解を招くから絶対にしないように」


 僕はすぐに間違いを訂正し、ハルに答えた。よかった、念のために確認しておいて。

これから先、薬物常習犯として扱われたらたまらない。


「ん?うん、分かった。それじゃあ持ってくるね」


 ハルは少し僕が何のことを言ってるのか分からないようだったけれど、とにかく頷いた。素で怪しい粉と言っていたことに将来がとてつもなく不安になったが、まぁ今回は良しとしよう。

 ハルが会場の隣の部屋に抹香の入った箱を取りに戻ろうとして歩き出す。さて、僕も会場の最終チェックを行おうかな。そう思っていると、突如、遺族が集まっている方、故人が眠る棺の傍から誰かの嗚咽交じりの泣き声が聞こえてきた。

 とてつもなく大きく苦しそうな泣き声だった。

 僕は作業の手を止めて流し目でそちらを窺った。ハルも興味を持ったのか、足を止めてまじまじと興味深そうに見つめている。幸いなことに、遺族はその泣いている人や故人に意識を集中させているのか、僕らに気が付くことはなかった。


「ぐすっ……ぐすっ……ああああああああ!」


 目を凝らして見てみると、その嗚咽と慟哭の中心にいるのは僕達よりも一つ下くらいの男の子だった。立派な身なりをしていることから、僕達とは違ってきちんと学校に通って

しっかりとした教養を受けていることが分かる。中学三年生くらいだろうか。どうやら故人を悼むあまり涙が止まらくなってしまったようだった。


「ぐすっ……ぐすっ……」


 男の子は棺に縋ってなおも泣き続ける。苦しそうだ。

すると周りの遺族っぽい人たちが哀れに思ったのだろう。泣きわめく男の子の声に混じって、慰めたり、同情するような声が聞こえてきた。


「ああ、辛いんだね。うんうんお母さんのためにもいっぱいお泣き」

「死は悲しい。そしてお前もつらい。けれど、お母さんはきっとそれだけ悲しんでくれる息子がいたことを大いに喜んでるよ」

「一緒に苦しみを乗り越えよう」

「お父さんは頑張る。絶対にもうお前に辛い思いはさせない」

「お兄ちゃん元気出して」


 飛び交う遺族の慰めの言葉。

 どうやら飛び交う言葉から推測するに、遺族の中心で泣いているのは故人の息子らしい。そして故人はその息子の母親のようだ。

 なおも少年を温かい言葉が包み込む。


「ほら立ってお母さんの顔を見よう。きっと喜ぶはずだよ」

「将来、必ず良いことあるさ」

「ほら飴食べるかい?甘い飴だ。少しは気持ちが落ち着くかもしれない」

「守ってやれなくてごめんな」


 ……僕は黙ってその様子を見守っていた。仕事のことも忘れてただ茫然と見つめる。隣でハルも一切視線をそらさずその様子に見入っていた。


「悲しい時は泣けばいいさ」

「これから来る友達もきっと励ましてくれる」

「お坊さんと一緒にお母さんを弔おう」


 口々に重ねられる同情の言葉。

 泣く少年。

 それを包み込む遺族。

 それを見る僕達。

 それはまさに葬儀場の典型的な光景の一つだった。

 そしてどれくらい経っただろう。

見ていたハルがふと、口を開いた。

 それはとても小さい声で、ともすれば近くにいた僕にははっきりと聞こえるはっきりとした声音。同情に何かを重ねるような口調だった。

 ハルは言う。


「かわいそう」


 僕はそれが何を意味しているのか全く分からなかった。

 

 しばらく少年が泣き止むことも、なかった。

   

  



御一読ありがとうございました。

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