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葬式のバイト2

 僕、フユと彼女、というと変な誤解をする方もいるかもしれないので、少女、ハルは、とある一身上の都合で毎日を転々とするバイト生活を送っている。

 家はない。

 学校にも当然通っていない。

 日雇いの、給料その日手渡し払いのバイトを毎日続け、そのお金でネットカフェ、もらえる給料が大ければ安ホテルに泊まるといった生活を、もうかれこれ一年以上繰り返している。

 正直言ってつらい。

 着ている服は次第に汚くなるし、お金に余裕もないから同世代の子のように娯楽にお金を費やすこともできない。

 将来何になろうか、なんて夢を抱くことも許されないし、そもそも夢を持つような余裕すら与えられない。

 チンピラに絡まれたりもするし、ガキだからって給料を渋るような業者にも何度も会ってきた。

 おそらく普通の高校生として暮らしているような人が、一日でも僕たち二人の生活を体験すれば、きっと自分の人生が如何に幸せな人生であったかを悟ることだろう。

 けれど、僕達は今のこの生活をやめるつもりはない。

 それはもちろんやめられないというのが大きいのだが、それ以上に、この生活が約一年前の生活よりは幾分かマシだからというところに起因する。

 あの頃にだけは戻りたくない。その強い決意と、この生活のほんの些細な幸せが僕達二人をこの一年繋ぎ止めてきた。

 あの頃に戻るなら死ぬ。そうお互いを鼓舞しながら、励まし合いながら、時に貶し合いながら苦楽を共にしてきた。

 もっとも、楽の部分はほぼ皆無に等しいのだったが。

 そして、今日もそんな決意を胸に秘めながら僕たちはバイトに励む。

 互いに傷をなめ合い、互いに協力し合い、一生懸命、全てを忘れることができるように。


「若いのに偉いねぇ。今いくつ?」

 

 と、柄にもなくそんな回想に身をやつしていると、年はだいたい50くらいだろうか、隣で一緒に花壇に花を挿していたスーツ姿のおばちゃんが笑顔で声を掛けてきた。僕の左隣では同じく無言で花を挿しているハルがいる。


「16です」


 僕もおばちゃんに倣ってにこやかに答える。対人関係において笑顔が大事だということはここ最近知った。


「あらまぁ、てことは高校1年生か2年生かい。大変だねぇ。何か欲しいモノでもあるのかい?」

「いえ、そう言うわけではないんですけどね」


 あくまで笑顔で言葉を返す僕。

こういう風に好奇心を持った大人が声を掛けてくることはしょっちゅうある。そもそも日雇いのバイトに高校生くらいの年頃の子どもが参加してくることは珍しいし、そもそも募集していることが少ないからだ。まあそのせいで僕とハルは毎日の生活に困っているのだけれど。


 朝、ハルを叩き起こして2時間後。午前十時。僕達二人は今日のバイト先である葬儀場に来ていた。

 何でも葬儀社の社員だけでは葬式の準備が間に合わないということで、急遽バイトで労働力を補うことにしたらしい。

 そして現在は葬儀で使う花壇に百合や菊の花を挿す作業の最中ということである。

 やや答えに逡巡した僕を特に不思議にも思わなかったのか、おばちゃんは元気そうになおも問いかけてきた。


「じゃあ、なんだい?あ、もしかしてそっちのお嬢ちゃんとデートって名目での職場体験ってやつかい?いいねぇ、あたしも若い頃はよく旦那と……」

「いえ、特にそういうわけでも」


 なんか話がめんどくさそうだったので楽しそうにチリチリした髪をいじりながら喋り始めようとするおばちゃんの話を遮って僕は答える。高齢者のそのテの話は長くなるものだ。

付き合わされる方はたまったもんじゃない。

視線を左にやって菊を挿しているハルの様子を見てみる。すると澄ました顔に若干の朱色が浮かんでいた。……どうやらこっちは後で誤解を解いておかなければいけないみたいだ。こっちもこっちでめんどくさいな。


「そうかい」


 視線をおばちゃんの方に戻すと、話を遮られたことに若干の不満を覚えたのか、おばちゃんはそうぶっきらぼう呟いた。しかし、特に嫌そうな顔は見せずに、おばちゃん特有のソレなのか、百合を挿しながら、答えを濁し続けていた僕に容赦なく質問を浴びせかけてくる。


「じゃあどうしてこのバイトに応募したんだい?高校生なら宿題とかも忙しだろうに」


 百合を飾る手が一瞬止まった。このテの質問は答えにくい。答え自体はあるのだが、何から話せばいいのか分からないからだ。

 金がないから。

 ホームレスだから。

 日雇いのバイトしかできないから。

 過去の生活に戻りたくないから。

 僕は少し悩んだ末、結局、曖昧に答えてこの話を打ち切ることにした。


「僕達、高校に通ってないんですよ」


 そう言うと、おばちゃんは一瞬難しそうな顔をした。

 そして何を勘違いしたのか、花から手を離し、僕の方を見て、


「真面目に生きなきゃいかんよ」


 とだけ言ってきた。

 おばちゃんがそれ以降話しかけてくることはなかった。 


御一読ありがとうございました。

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