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葬式のバイト

 ピリリリ!


「うーん……もう朝か……」


 ネットカフェの狭い室内で。やかましく鳴り響いていたスマートフォンのアラームを、寝そべったまま腕を伸ばして止める。まだ眠気の誘惑ゆうわくすさまじかったが、何とか振り切って体を起こすことに成功した。体をよじりながら立ち上がる。


「うう……腰が痛い」


 昨日はカーペットの上に雑魚寝ざこねしていたため、起きると体の節々が痛む。いっそのこと、室内にある唯一の寝具であるソファで寝てやろうかとも思ったのだが、ソファの上にはハルが寝ている。付き合ってもいない男女が文字通り寝てしまうのは常識で考えて駄目だと思い、結局実行には移さなかった。

 僕はその痛みの元凶である、ソファの上で気持ちよさそうに眠るハルを見る。裸だった。


「相変わらずなんて格好してるんだか……」


 もはや見慣れた光景なので、もう驚きはしない。

 シミやニキビ、果てはほくろ一つすらない、真っ白な雪花石膏アラバスターのような肌も。16歳にしてはかなり成長している胸も。程よく引き締まった足も。それを包むベールのような色素の薄い髪の毛も。そして芸術的なまでに整っている顔も。

 そのどれもが、もうかれこれ1年もハルと一緒にいる僕にとっては見飽きたとも言える光景だった。

 僕はハルの二の腕当たりをつかんで軽く揺らし、起きるように促す。バイトに遅刻するわけにはいかない。


「おーい、ハル。起きて。今日の寝床が公園のベンチになっちゃうよ」

「ん……ううん……あと4光年」


 妙に色っぽい声をあげながら、起床を拒むハル。それは時間の単位じゃなくて距離の単位だと聞かせるもまるで聞き耳を持ってくれなかった。


「ほら、今日は葬式のバイトだろ。早くいかないと給料がもらえないぞ。それに晩飯だってカップラーメン一個だ。それでもいいの?」

「カップラーメンはもう食べ飽きた」

「お、起きた」


 睡眠の質よりも胃袋に貪欲なハルさんだった。


「あ、おはよう。フユ。今日は何だか顔色が悪いね」


 半身を起こしたハルが寝ぼけ眼で言う。僕への挨拶は当然晩飯よりも優先順位が下らしい。


「うん。おはようハル。そうなんだよ。誰かさんがソファで寝かしてくれなくてね」

 

 皮肉っぽく言ってみる。


「へぇ……そんな人もいるんだ。世の中ってやっぱり悪い人ばっかりで溢れてるんだね」

「その悪い人が目の前にいるんだけどな……」

「え?どこ?悪い人がいるならやっつけなきゃ……」

「…………」


 目の前で、しかも「人」と言っているんだから候補は一人しかいないだろうに。

 本気で分からないという風に、周りをキョロキョロと見渡し始めたハルの相手をしていても仕方がないので、僕はリュックサックからスーツを取り出した。無論今日のバイトのための衣装である。

 カッターシャツにネクタイを通し、ジャージを脱いで黒のスラックスに着替える。そんな風にしていると、何を不思議に思ったのか、フユが着替える僕を、小首を傾げて凝視ぎょうししていた。


「フユ何してるの?」

「あれ?言ってなかったっけ?今日は葬式の準備のバイトだよ。葬式の会場にはこうして正装で行かなきゃいけないんだよ?

「監督って準備がいるの?」

「はい?」


 いまいちハルの言っていることが要領を得ず、問い返す僕。監督?


「待って、フユ。葬式って何か知ってる?」


 言うと、ハルはむっとしたような顔をした。馬鹿にするなというような顔だ。


「それくらい知ってるもん」

「ほう。それじゃあ葬式とは何のことでしょうか。言ってみなされ」


 ハルは、若干考える素振りを見せた。しかしすぐに考えがまとまったのか「うん」と頷く。そして言った。


「あれでしょ。棒持ってたり、メガホン持ってたりするんでしょ」

「それは総指揮」


 今日のバイトも先が思いやられる。

御一読ありがとうございました。

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