剣聖の試練──②
胸のブローチをブロンズからシルバーに付け替えた。
何だかんだ言っても、嬉しいものは嬉しい。
これだけでちょっと誇らしい気分になる。
ニヤける顔を我慢しつつシルバープレートを見つめる。
「早速、今日はシルバーの依頼を受けてみますか?」
「いえ、ゴブリン討伐の依頼を受けようかと」
「ゴブリン討伐?」
「まだ討伐依頼を受けていないから……」
持っていた依頼書を見せる。
サリアさんは依頼書をざっと見ると、納得したのか頷いた。
「……なるほど、西のゴブリンですか」
「はい」
「わかりました、受領します」
よしっ。早速行ってこよう。
応接室を出ようとした時、サリアさんが「あれ?」と声を上げた。
「コハクさん、それが例の?」
「あ、はい。魔法剣です」
「へぇ! どなたに作ってもらったの?」
「ザッカスさんです」
「…………ぇ……?」
サリアさんが魚類みたいな顔で口をパクパクさせた。
……なにかまずいこと言ったかな?
「い、今、なんと……?」
「ザッカスさんです。フランメルンの鍛治職人の」
「ザッカスって……名工ザッカス・ロイマン氏!?」
「え……た、多分?」
そう言えばザッカスさんのフルネーム知らないな。
でも名工って言ってたし、多分ザッカスさんだろう。
「3年間、全く武器製作をしてないって噂だったのに……」
「なんやかんやとありまして、また打ってもらえるようになりました」
「なんやかんやとは!?」
うーん……まあ、報告義務はあるかなぁ……?
ザッカスさんにも宣伝してくれって言われたし。
「このことは他言無用で」
「……わかりました。しかし、マスターには報告させてもらいます」
「はい」
事の顛末を説明した。
簡単に、ざっくりと。
粗方説明し終えたところで、サリアさんはこめかみを抑えていた。何故だ。
「待って。ごめんなさい、質問いいかしら」
「はい?」
「リッチって、お金持ちって意味じゃないわよね?」
「死を超越した者。不老不死のリッチです」
「何簡単にミスリル級の魔物を倒してるんですか!?」
簡単とは失礼な。
フェンリル達がいなかったら、あんな化け物退治しようがない。
サリアさんは疲れを吐き出すようにため息をつく。
「どう報告しましょう、これ」
「頑張って」
「あなたのせいですが」
「ごめんなさい」
だからそんなジト目で見ないで。
何だかいたたまれなくなり、軽く挨拶をするとギルドを飛び出した。
目指すは西。
確か、ミラゾーナ村って村があったはずだ。
貧困に喘ぐ小さな村らしい。
フェンリルに乗ると、スフィアがミラゾーナ村について教えてくれた。
『ミラゾーナ村は人口数十人の村です。ですが、ある伝説の残る村でもあります』
「伝説?」
『300年前、この国を滅ぼしかけた邪龍を討伐した英雄、剣聖リューゴが生まれた土地なのです』
「そうなの!?」
剣聖リューゴ。
この世界に生きているなら一度は聞いたことがあり、憧れる英雄の名前だ。
曰く、一振りで海を割った。
曰く、山を真っ二つにした。
曰く、龍種を100体斬りした。
曰く、曰く、曰く……数え切れないほどの伝説を残した男。
それが、剣聖リューゴ。
かく言う俺も、密かに憧れている人物である。
そんな人が生まれた村……テンションが上がらないわけがない。
『ああ、いたわねそんな奴』
『知ってる! 知ってる!』
『ええ、懐かしいですね』
『『『泣き虫リューゴ』』』
…………。
「泣き虫リューゴ?」
『リューゴは人一倍臆病で、泣き虫だったわ』
『龍種どころか、普通の魔物相手にも逃げ出そうとしてましたね』
『ビビりすぎてうんこ漏らしてた!』
『女好きで』
『金使いも荒くて』
『酒に弱い!』
『ついでに借金まみれでした』
オゥ……かっこいい剣聖のイメージが……。
でも……そうか。皆は幻獣種。伝説の英雄を生で見たこともあるし、本当の姿も知ってるんだ。
「じゃあ、語られてる伝説は嘘なの?」
『嘘じゃないわ。全部本当よ』
……え、どういうこと?
困惑してると、スフィアが苦笑いを浮かべた。
『リューゴの強さは本物です。でもそれは、臆病に裏打ちされたものなのです』
「……つまり?」
『臆病だからこそ戦う前に死にものぐるいで準備し、鍛える。それが彼の強さの秘訣です』
そうだったんだ……。
確かに伝説でも、リューゴの途方もない修行方法が書いてある。
それもこれも、彼が臆病だったから……。
それもそうだ。
彼だって1人の人間。
怖がることもあるし、逃げ出したいこともある。
それでも逃げ出さず立ち向かえたからこそ、彼は伝説になったんだな……。
でも、疑問がある。
「そんなに臆病だったのに、何で剣の道を? 天職だからってわけでもないでしょ」
『……彼は剣を嫌い、憎み、恨んでいました。事実、何度も剣の道を捨てようとしましたが……剣の才能は、それを許さなかった』
「……才能が許さなかった? それって──」
『あ、見えてきましたよ!』
無理やり話を逸らされた気もする。
……いや、後で聞かせてもらおう。それより今は、ミラゾーナ村を……ん?
「…………ん?」
『これ、どういうことよ?』
『わ、わかりません……』
『きれー!』
眼下に広がるのは荒野ではなく、1面の草原と花々。
こじんまりとした畑には瑞々しい野菜が実り。
放牧されてる家畜は群れを作って。
人々は笑顔に溢れ、生き生きとした顔で農作業を行っている
これが……貧困に喘ぐ小さな村?
……どこが?
そんな疑問を嘲笑うように、丘の上に立っている巨木が、風を受けて揺らめいた。
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