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5.王子と私




 玄関の外は、陽射しが眩しかった。

 

 エルナード王国の五月は爽やかだ。アルネリスという白い花が咲き乱れ、色とりどりの薔薇と共に晩春の景色を飾っている。このアルネリスは国花であるらしく、国の紋章にも使われている。繊細な中にも強さのある美しい花だった。


 名門貴族であるヴィクトリア家には広い庭があり、アルネリスと薔薇で見事な生け垣を作っている。玄関から正門まで伸びる道路に沿って花は続き、赤い薔薇の上に白い花弁が散り落ちる様はまるで一幕の夢のよう。


 その景色の中を、王子が先を歩き、その一歩後ろを私が歩いて行く。


 王子の馬車は玄関の少し先、馬車停めにきちんと停められているのが見えた。

 連れだって歩きながらも二人に会話はない。


 きまずい……。


 思い出せばそれはいつものことだった。王宮での行事でも、国内の催しでも、王子と私はこうだった。微妙に距離があり、避けられている気もした。記憶が戻る前のグロリアは「どうして?」と悩んでいたようだ。


 その理由がいまはハッキリ分かる。

 たぶん王子にとって私との婚約は本意ではないのだろう。

 十年前は分からないが、少なくとも今はそうなのだ。


 本命の「異世界転移者」はすでに王立学園の中に入学している。記憶を探れば私と接点もあり、ユイカちゃんという可愛い子だったはず。

 王子はすでに学院を卒業しているけれど、王国の歴史学教授補佐として各学年に授業を持っているから接点はある。二人一緒に歩いている様子も見ているし、たしか部活も一緒だったはず。

 おそらく王子の心はすでに彼女に移っているのでは?


 そっかー、と私は人ごとのようにしみじみと王子を眺める。

 このイケメンはその子とくっつくんだよね。羨ましいような気もするけど、まあ、断罪待ちの自分としては願ったり叶ったり。せめて断罪のシーンで怖いこと言われなきゃいいけど。


「グロリア」

「は、はいっ」


 不意に声をかけられ、慌てて意識を戻した。

 王子が立ち止まってこちらを見ている。


「身体は本当に良いのか」

「ええ、なんともないです」

「そうか」


 赤い瞳はそれでもこちらを見つめたまま。なんだろう、何か言いたいことがあるのだろうか。

 そう思った時。

 

「……無事で良かった。心配した」


 そっと私の手を取り、指先にキスをする。

 ……んんっ!?

 私はびくんと飛び上がりそうになった。

 これはエルナード王国っていうかこの大陸の普通の挨拶。そう理性では分かっていても、前世の記憶が戻ったいまは慣れない上に混乱してしまう。

 おまけに王子はキスを終わっても、握った手を離さない。


 えっ何……なんですか!? 

 こんな風に手をしっかり握られたことって……初めてじゃない!?


 冷静だったはずの心が一気に騒ぎ出す。鼓動が早くなる。最高に好みのイケメンに手を握られているのだから当然だ。

 何が、何が起きているの……新手のイベントなの?突然実装しないで説明してほしいんだけど運営!?神様!?ちょっと!?

 身体はガチガチ、萌えでドキドキ、頭の中はパニックだ。頭も身体も硬直する中、あれ、と私は目を瞬かせた。

 王子の手、震えてる……?


 ようやく手を離し、彼は赤い目を上げた。


「……グロリア、明後日の最終練習会には来られるか?」

「は、はい!?」


 そうだ、思い出した。週末の『成人舞踏会』に向けて、最後の練習があるんだっけ。

 『成人舞踏会』とは18歳になった貴族の男女が社交界にデビューするためのお披露目の場。エドガーの父であるアラン国王に謁見を受け、そこで私は正式な婚約者として内外に認められ、王室の一員となる資格を得る。

 言い換えれば、私はそこで断罪される。

 その最後の練習会があるのだ。


「大丈夫です、行くつもりです!」

「そうか。……くれぐれも無理はしないように」


 端整な顔に一瞬、複雑な表情が浮かぶ。

 嬉しいような、それを押さえ込むような、切ないような。

 あまりに鮮やかな表情だったので私は一瞬、目を奪われてしまった。


 だがすぐにその表情は消えて、もとの無愛想そうな顔に戻ってしまう。


「見送りはここでいい。また明日」


 身を翻した王子は馬車に乗り込む。

 漆黒の車体にはエルナード王国の印、アルネリスの花と竜の頭骨を配置した金の紋章が刻まれている。それが午後の光の向こうに見えなくなるまで、私はその場で見送っていた。


 えっと。

 え―――っと。

 さっきのは?


 手にはまだ温もりが残っている。胸の鼓動も少しだけ早い。あんなイケメンにあんなことをされたら当然だ。

 王子は私のことを嫌いなはず。でも優しかった。

 礼儀上の気遣い? ただの気まぐれ……?


 思い込もうとするけれど、正解は見えない。

 答えてくれるのは吹き抜ける風だけ。

 白い花弁が舞い散る中、私はしばらくそのまま立ち尽くしていた。




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