59.エピローグ
――あれから、半年。
「よろしいですわ、グロリア様」
フランチェスカが手を離し、ほう、と息をつく。
同時に彼女の潤んだ目から涙が零れた。
「本当におきれいで……ああ、もう我慢できません……」
「泣かないで、フランチェスカ。式までもう時間がないのよ? あなたもお化粧をしないと」
は、はい、と答えたが涙は止まらないらしい。他のメイドが笑いながら彼女の手を取り、隣の部屋に連れて行った。
息をつき、私は立ち上がって壁際の鏡を見る。
真っ白なヴェールに輝くティアラ。
ふわりとしたパフスリーブのドレスは白銀の絹仕立て。ベルのように広がった裾には長いトレーンが着けてあり、部屋の入り口まで届くほど。腰から下の全面にシードパールでアルネリスの花が縫い取られ、純白のレースと相まって朝の光に輝いていた。
ネックレスもダイヤと真珠で、真ん中の小さな真珠はエドガーが捕ってきてくれたもの。どんなに大きな宝石よりも、彼が手ずから捕ってきてくれたその小さな輝きが嬉しい。
ノックの音さえ厳かに響き渡る。
「グロリア様、出発のお時間でございます。お支度を済ませ、一階の馬車留めまでおいで下さい」
「分かりました」
メイド達は群がるようにトレーンの裾を持ち、私に目配せをする。ありがとう、と深く頷いて、私はドアを開けてもらって部屋の外に出た。
あの騒動から、半年。
私たちは今日、結婚式を迎える。
夏の終わり、エドガーが竜になり、私が死にかけた日。
王宮に戻ると大騒ぎの最中だった。
竜巻で宮殿が破壊されたこともそうだが、エドガーと私が瀕死になったこと、そして死の淵から(いや確かに1度死んだけど)みんなのおかげで生還したことで何がなにやら大混乱。
特に私の場合はエドガーが大々的に呼びかけてくれていたので、もうそれこそ上から下までみんなに心配された。そして無事を確認されると、良かったと泣かれた。私もお礼を言い、盛大に泣いた。
今回の件については、とりあえず竜巻被害でエドガー王子が巻き込まれ、遠くまで吹っ飛ばされ、私も巻き添えを食って死にかけたという発表になった。まあ、ポンコツな私には丁度良いでしょ。
本当は、エドガーは自分が竜になりかけたことも正直に公表したかったらしい。
だが国王陛下がそれを止めた。
そもそも黒い竜巻のおかげで王宮の人々にさえ竜の姿は見えなかった。国民にも被害は出ていない。代々呪いの竜を継いでいたと明らかにすれば不安を煽るだろうし、これまでの継承者たちも非難されるかもしれない。
クロムウェル先生がひっそりと行った偉業には賛否あるだろうが、王国のために命を賭けた人々を、その秘かな奇跡を、汚される権利はないだろうと陛下は言っていた。私もエドガーも納得し、すべての事実を心に秘めることを約束した。なにしろもう、呪いは消えたのだから、これ以上の心配はいらないようだった。
私の起こした『奇跡』については、異世界から転生した人間に起きる特別の力、という解釈に落ち着いたらしい。
本当はもっと複雑な、ご褒美みたいなものだったんだけど……説明が大変なので、私は黙っていた。しかもその「ご褒美」をくれた誰かがはっきり思い出せない。ほんと、どんな人だったのか、誰だったのか、すっかり忘れているのよね。意地悪だけど優しい人だった印象はあるんだけど。
そうそう、異世界転生者だと明かしたのも今回が最初だったから、もちろんみんなはびっくりしていた。特にお父様とお母様が驚きすぎてのけぞったのが面白かった。18年も一緒に生きてきた娘が、途中から異世界の記憶ありだったんだから仕方ないけどね。
ユイカは私を救った聖女として讃えられた。でも聖なる力を失ったことは確実で、一般市民になると言ってたけど……なんと、アルマ大公国の国民になると言い出したので驚いた。
『べ、べつにパリスのためじゃないからね!』
そう言ってちらりとパリスの方を見たユイカちゃんは可愛くて、ちょっと頬も赤くて……うん、最高に可愛かった。お幸せにと言ったらまた『あとで奪いに行きますけど★』と言われた。それはもう諦めて欲しい。
セドリックとパリスは学院で学びながら、共同で古い魔法システムを置き換える研究を始めるという。
『どちらの国にも古くから動いている魔法システムがあるのだが、クロムウェル先生がいなくなった今、いつまで動かせるか分からないからな』
『彼がすべて整備してくれてたんですよね……これからは、少しの魔法と機械の仕組みで動く最新の魔法機械に置き換えていった方が良いと思います」
同い年の二人はとても良いコンビだと思う。ユイカちゃんが割り込むと大騒ぎになるけど、それもまたいいんじゃないかな。呪いがない世界のアンゲリスやマキ、ウィリウスのようになれればいい。きっとクロムウェル先生も喜ぶはずだ。
後日、学院の後ろに先生の小さなお墓を作って、葡萄の木を植えたらまたみんなで泣いてしまった。一年に一度はお参りに来よう。
祈りを送ってくれた人々にも時間をかけて会いに行った。
私が顔を見せるとみんな大喜びしてくれた。その笑顔が本当に嬉しくて、ありがくて。お礼を言ったときはまたまた泣いてしまった。泣いてばっかりだな、私。
幸い竜巻被害では軽傷者しかでなかったし、今回の件はほんとにラッキーで終わった。まるで神様が守っていてくれたみたいだ。
そうして日常に戻った私たちは、ようやく静かに寄り添うことができた。
もう何の心配も、恐れもない。ずっと二人でいられる。
そのなんと素晴らしいことだろう。
愛おしい生活の中で私たちは彼の日記を見た。エドガーは私と出会ってから10年日記を付け続けていたようで、そのほとんどが私のことで埋められていた。近寄れないもどかしさ。それでも沸き上がる愛おしさ。愛しているからこそ、迷ってしまう日々。
私はその言葉のすべてを見て、もっとエドガーが好きになった。ゲームのキャラでも王子様でもない。生身の、いろいろと悩み深いひとりの男性が私を愛してくれるのが、嬉しかった。読み終わってから2人で泣いた。この時期、人生で一番泣いたんじゃないかな。悲しい涙じゃないので良かったけどね。
そんな日々の中で、私たちは結婚式の準備を一つずつ進めていった。
そして待ちに待った今日。
晴れ渡った初春の空の下、結婚式が行われる。
「グロリア」
廊下を出るといきなりエドガーが立っていてびっくりした。
「どうしたの、玄関ホールで合流するはずでは?」
「花嫁姿の君をどうしても早く迎えたくて。こうして急いで来てしまった」
はあ、と息をついたから本当に急いで来たのだろう。白い軍服と、今日はそれに合わせた飾り付きの軍帽も被っていた。でも胸に付けた勲章も、王族の帯もちょっと曲がっている。
半端ない美形なのに、私だけにそういうスキを見せるのがとても嬉しい。仕方ないですね、と笑って私は彼の服装を直してあげた。
「君の父上と母上はもう大聖堂にお着きになっているらしい。セドリック達と合流したと、さきほど伝言鳥が飛んできたよ」
「まあ、早いですね。ほんとせっかちなんだから……」
「無理もない、最愛の一人娘の結婚式なのだからね」
一階に降りれば廊下から庭の景色が見える。数日前に積もった雪はもうすっかり解け、その下から雪割草の花がぽつぽつと顔をもたげていた。
豊かな秋、それに寒かった冬も終わり、もうすぐ春がくる。
また王国にアルネリスの花が咲き乱れる日も近いだろう。
あら、と私は足を止めた。
「どうした?」
「いえ、あんなところに……黒猫が」
見れば、廊下に敷かれた赤い絨毯の上に、ぽつんと黒猫が座っている。
「入ってきてしまったのかしら。おいで」
「爪を立てられたら大変だ」
「いえ、大丈夫よ。……この猫は、大丈夫」
根拠のない自信を覚えて、私はしずしずと猫に近付いた。
「どうしたの、こんなところで。迷ってしまったの?」
黒猫は顔を上げ、ニャア、と鳴く。金色の瞳がとても綺麗な猫だ。それに首輪。
白い襟、赤い蝶ネクタイのちょっとシックな首輪だ。手作り品だろうか、
いや、これは、どこかで……。
黒猫が腰を上げ、スタスタと歩き出す。その姿は廊下の影に隠れると、フッと消えてしまった。
「あの猫、消えた……?」
エドガーが首を傾げる隣で、私は大きな息をついた。
知らない猫だと思う。でもどこかで見たような。
そう、世の中には不思議がいろいろある。
異世界から転生した女が幸せに暮し、聖女は世界征服を目論み、竜の呪いを受けた王子はなんとか助かる。
そして10年間をおずおずと過ごしてしまった男女は、急に恋に落ちて、やがて愛に到達して。
「行こうか」
エドガーが腕を差し出す。
私はその腕に自分の腕を絡める。
長い廊下を歩く私たちの向こうから、明るい朝の鐘が祝福するように鳴り響いていた。
(了)
これにて本編は完結となります。グロリアの旅に最後までお付き合いいただき、また初投稿にもかかわらず評価・ブクマしてくださった皆様、ありがとうございました。
面白かった部分、余韻の残った話、気に入った場面などございましたら、感想あるいは評価でもいただけますと番外編や次作の励みになります。宜しくお願い致します!
(評価ボタンは下の方にあります★のやつです)




