58.最高に幸せな結末(2)
最初に感じたのは音と光。軽やかな小鳥の声が聞こえる。
ああ、こういうシーン、前にも……。
「んあっ!」
ハッとして身体を起こし、私は目を瞬かせた。どうやら地面の上に寝かされているようだ。青空に日は高く、正午くらいだろうか。
ていうか、私は……。
「グロリア嬢!」
「センパイッ!」
大声に振り返った途端、ユイカとセドリックが飛びついてくる。
「い、生き返った、本当に……! ああ、良かった、よかったなあ……!」
「んもう、センパイ、心配したんだからねッ! 起きなかったら強引にキスを奪うところだったよ!」
「ご、ごめんなさい。心配をおかけしてしまって……」
二人とも顔がべしょべしょになるほど泣いている。私はその頭を撫でながら記憶を辿った。
ええと、エドガーが竜になって、それを『願いのちから』で直したのよね。
それから、誰かと会話して、みんなの願いで戻してもらったと聞いて……。
「皆の力と、君を知る人々の祈りで先輩は生き返ったんです。クロムウェル先生が蘇生の魔法を使ってくれて、みんなの祈りの力をそこに流して。上手くいって本当に良かった……」
しみじみと語るパリスの向こうからエドガーがゆっくりと歩いてくる。すぐ側で立ち止まり、彼は俯いた。指が震えている。
私は立ち上がって彼の側に立った。
「……少し、泣いたの?」
「弱い男だと思うか?」
「いいえ、嬉しいです。優しいから」
エドガーは私を真っ直ぐに見つめた。私も彼を見つめる。
「ありがとう、グロリア。君のおかげで私は救われた。本当に……なんと言って良いか」
「いいえ、それは私の台詞。私のこれまでの人生、あなたのおかげで救われたんだもの」
エドガーは照れたように口元をほころばせると、私を強く抱き寄せた。
「今回は非常に多くの人々が私たちのために手を貸してくれた。セドリック、パリス、ユイカにクロムウェル先生。そして……君を知る多くの人々が協力してくれたんだ。君から受けた優しさを、祈りの形で返してくれた」
「そうよ! センパイは色々とおひとよしをしてきたんだもん、その報いが返ってきたんだわ!」
「そうだったのね……本当にありがとう……!」
セドリックにパリス、ユイカがそれぞれの表情で笑っている。私は大きく息をつき、みんなに近寄り……ふと、向こうに立つクロムウェル先生に愕然とした。
「先生……その身体は……!」
「グロリアさん、申し訳ない。何も関係の無い、あなたを、巻き込んでしまった上に……あんなことまで……」
ああ、と答えた先生の輪郭が砂のように崩れていく。真っ白な髪も、指も、まるで砂で作っているみたいにサラサラと。驚いた私の隣にパリスが立った。
「クロムウェル先生もグロリア先輩に力をくださったんです。彼の、寿命を……」
「もう残り少ないもので、足りなくなって申し訳なかったです。この身体を維持できるのも、あと少し」
クロムウェル先生は優しい表情で私を、それから一同を見回した。
「長い戦いの最後に巻き込んでしまい、すみませんでした。けれど、皆さん達のおかげで最後の呪いまで解くことが出来た。死んでからアンゲリスやマキに顔向けができます」
ふうっと息を吐き、先生が微笑む。その顔はいつもの、教室で歴史を教えてくれたあの優しい顔だった。
「……もう心残りはありません。皆さん、大変良い生徒でした。どうか、末永くこの地に平和と幸いのあらんことを」
一瞬、空を彷徨った視線はどこを見ていたのだろう。誰を見ていたのだろう。
さらりと最後の砂が地面に崩れるのを見ながら、私は鼻を啜り上げた。
「先生、どうか安らかに……」
ほう、と息をついた向こうから飛び馬の音が聞こえる。乗っているのは近衛兵だ。
「馬を集めて駆けつけてくれたんだな。おおい、ここだ! こっちだ!」
セドリックが大きく手を振って駆け出す。良かった、帰りは乗せていって貰えるだろう。きっと国王様たちも心配しているはずだ。
ユイカは溜息をつき、自分の手を明るい太陽に透かした。
「あーあ、聖なる力なくなっちゃった……普通の人になっちゃったなあ……」
「ありがとう、ユイカちゃん。私のために……」
「いいのよ、他の人のための力だし。まあ、先輩にはいつか夫婦揃って愛人になってもらうわけだしね!」
「ユイカさん、またそんなことを……」
困り顔のパリスにユイカがふふん、と鼻を鳴らす。いつもの雰囲気に戻った二人に私は思わず吹きだしてしまった。
「普通の人でもいいじゃない? 誰もが自分の人生の”主人公”なんだから!」
口に出してからふと、不思議になる。
この言葉、どこかで、誰かが……。
「グロリア」
エドガーが寄り添い、私の事を抱き寄せる。
私は彼の顔を見上げた。赤い瞳は元通り、超イケメンの顔も、シュッとした身体も、雰囲気も、そして私を愛してくれる仕草も……すべて元通りだ。本当に良かった。
彼は私の額にキスし、それから、存在を確かめるように抱きしめた。
「ありがとう。これからも、愛している」
「私もです、エドガー」
寄り添う私たちにセドリックの声が聞こえてくる。
「お二人とも、早くこちらへ! 王宮に戻りましょう!」
私たちは顔を見合わせ、軽い足取りで歩き出す。
ふわりと吹いた風はほのかに秋の匂いがして、長い夏の終わりを告げているようだった。




