57.最高に幸せな結末(1)
うっすらと光が見える。私の周囲を温かさが取り巻いている。
あれ、もう朝かな。
今日は何時出勤だっけ。ていうか何曜日? ゴミの日?
ああ、違うわ。私、転生したもんね。
じゃあここは家……いやいや、王宮だ。だってエドガーと婚約して、それから……。
がばっと顔を上げた。
――私、転生先でも死んだはずでは!?
『おっはよ』
ひらひらと手を振っているのは……神様だ。
えっ、これ、どういう状況です? また転生? ネクスト人生?
『違うよ、君は呼び戻された』
え……っと。どういうことです? イマイチよく……。
『見れば分かるよ、ほら』
神様の後ろ、淡い光の中に映像が浮かび上がる。私は目を丸くした。
中央に寝かされているのは、私の身体だ。
泣いているのは、パリス、セドリック、それにユイカちゃんも。
エドガーが唇を噛みしめて目を潤ませてる……やだ、泣きそう。
っていうかこの、私を包み込んでいる、なんか良く分からない光はなんですか!? 蛍でも大発生しちゃった!?
『ほんと最後までポンコツだね……これは、君への祈りだよ』
祈り?
『そうだよ。あの子たちは君を蘇生させたかった。けれどみんなの魔力生命力を限界までかき集めても足りなくてね。だから、王国で君を知っている全ての人に魔法で呼びかけた。もし君を助けたければ、祈りを送ってくれるようにと』
それじゃ……。
『この光すべてが、誰かが君を思って祈った、その心なんだ」
私は心が震え出すのを感じた。
そ、そんなこと。私、ほら、ポンコツの普通の令嬢だし。
『でもおひとよしだったろ? みんなに親切にした』
いや、いろいろ迷惑掛けたし。
『でもその分助けたり優しくしたり』
ま、まあ、少しは役にたてたかもしれませんが……。
『君が優しくした人々が優しさを返してくれて、愛した人が愛を返してくれた。君は、また生きられることになったよ。……君のおひとよし、ようやく報われたね、グロリア・ヴィクトリア』
私は心の中で何かが弾けるのを感じた。
――報われたい、と思っていた。
がんばったらその分だけ幸せに。条件をクリアしたらハッピーエンド。
決められたルートに乗れば必ず幸せな結末が待っている……そんな人生だったらよかったのに。
そう、王道乙女ゲームのように。そんな風に前世で思っていた。
乙女ゲームに転生したって、そう予定通りに行かなかった。いろいろ山も谷もあったし、波瀾万丈、ポンコツなりに道に迷ったりした。自分の感情が分からない日もあった。
……でもそれでも。
私はこの世界で、十分に報いをもらったんだ……。
言葉の代わりに涙のようなものが溢れてきた。
なんだろう。身体はないから、これは私の心そのものかもしれない。
感情が溢れて止まらない。嬉しくて、嬉しくて。
『どうする? 生き返るかい?』
聞くまでもない! もちろんですよ!
そうか、と頷いて神様は深い眼差しでこちらを見た。
『じゃあ、契約はここまでだね。君はもうご褒美ももらっているし、この世界の、ふつうの令嬢のひとりとして生き返る。……だから、僕の記憶は無くなる』
えっ!?
『そりゃあね、神の顔とか姿とか、個人的に知ってても良いことないし。異世界からの転生とか、ルートの途中でがんばった記憶は残すけど、僕の存在それ自体は忘れてもらう。さっきつい姿を現しちゃったけど、その記憶も他の人からはすでに消してるから』
存在にモザイクかかるって感じですかね?
『その言い方! ……まあそういうことになるけどさ』
分かりました。でもちょっと、寂しいですね。
しょんぼりした私に、神様はにっこりと笑いかけた。
『普通の人間として暮すにはそれがいいんだよ。君は人間の世界に生きることを選んだんだから』
いやそうですけど、せっかく前世からの付き合いなのに。
『存在が分からなくなるだけで、前世から18年のことが消えるわけじゃない。いつかまた会えるだろうしさ。これだけジェットコースターして契約満了して生き返ったのは君が初めてだからね、僕は忘れないよ!』
軽く言ってから神様はしんみりした表情になった。
『……君を見続けて本当に楽しかった。18年間、退屈が紛れた。ポンコツ、おひとよし、流されやすかったゆえのハッピーエンド。いや、君にとって人生はまだ始まったばかりか』
ふわりと神様の手から光が放たれる。
それは今までになかったような温かな色彩だった。生まれる前のような、死んだ後のような。頭が透明になって、すっきりして……。
『さよなら、おひとよし悪役令嬢グロリア・ヴィクトリア。君はこれから悪役令嬢ではなく……君の人生の、”主人公”だよ』
神様の声は明るくて、少しだけ切ない。
爆発的な光に包まれ、私は目を閉じた。




