56.王子の願い、聖女の力、そして全ては報われる(3)
――同時刻。
エルナード王国内、ヴィクトリア邸。
ヴィクトリア通商大臣夫妻は急ぎ王宮へ向かう準備をしていた。
王宮内で竜巻が起こり、負傷者多数、そしてグロリアと王子が行方不明だと連絡を受けたからだ。報告によれば国王自身も軽い怪我をしているという。
「あなた、グロリアは……」
「大丈夫だ、エドガー王子が付いている。きっと地下室だとか、どこかで怪我で動けなくなっているだけで……とにかく向かってみよう!」
励ました通商大臣も不安な顔を隠せない。正式な婚約も済み、あとは結婚式を待つばかりだった。あれだけ幸せな、お互いに愛し合っている二人なのに、もしものことがあったら。
夫妻は連れだって自宅の大階段を下り……1階のホールでふと、顔を上げた。
「えっ、エドガー王子……声が……!?」
きょろきょろと空中を見回し、それから互いを見る。視線だけで、お互いがこの声を聞いているのだと分かった。
おまけに階下ではメイドたちが悲鳴を上げている。
「だ、旦那さま、頭の中に、え、エドガー王子の声が!」
「奥様、王子が、グロリア様のこと……!」
「うろたえるな、これは恐らく魔法通信だ。いつの技術だ、こんな古い、すさまじいものを……」
ハッとして通商大臣は手にした杖を取り落としそうになった。重々しい声が響く。
――グロリア嬢は災害により仮死状態にある。この責任はすべて私にある。
「グロリアが、グロリアが……!」
奥方の方はすでに泣き出している。だが大臣はその後の言葉をしっかりと耳を澄ませた。
――だからグロリアを知る皆さんにお願いしたい。
――彼女への祈りを、思いを送って欲しい。虚空に彼女の回復を願うだけでいい。お願いだ。その願いで……回復させられるかもしれない。
グロリアのために、祈り、願うこと。
そうすれば、グロリアは助かるかもしれないと!
「声が聞こえた者は仕事を止めろ!膝をつき、運命の神に祈るんだ!早くしろ!」
「だ、旦那様!」
執事が、メイドが、多くの者たちが膝をついて祈り、願う。それぞれの脳裏によぎるグロリアとの思い出は様々だ。
小さかった頃のこと、お花を取りに行ったこと。一緒にお菓子をつまみ食いしたこと、そして、困っていたときに助けてくれたこと。お手伝いしてくれたこと。
どうか、どうか神様、うちのお嬢様をお助けください…。
ヴィクトリア夫婦は寄り添い、同じように固く手を組んで祈った。
どうか、あの子を幸せにしてやってください。
そうしてしばらくの間、ヴィクトリア家の中は深い静けさに包まれていた。
◆◇◆
――また同時刻。
エルナード王国内、王宮。
王子の声に国王が顔を上げ、目を丸くする。
多くは語られないが、おそらく彼女がエドガーを救ったのだ。身を犠牲にする魔術の方法を、国王はいくつか、聞いたことがあった。
「グロリア……」
だが続けて聞こえた言葉に表情を引き締める。
――祈り、願うこと。
国王は手当をしてもらった腕を押さえつつ、立ち上がった。皆に声を掛けようと思ったのだ。
だがその表情は微笑みに変わった。
すでに王宮内の衛兵が、侍従が、多くの人が膝をつき、祈りの姿勢で手を組んでいた。
みなひとしく彼女のために。
王は重々しい動きで片膝をつくと、やはり手を祈りの形に組み合わせて目を閉じた。初めて会ったときの彼女、8歳の優しい女の子を脳裏に思い浮かべながら。
◆◇◆
――同時刻。
セイレーン慈善院。
語学の勉強をしていたニャイとその息子達は顔を上げた。
「ママン、声が聞こえる」
「声、おうじさま」
子供達が騒ぐのをあやしながら、ニャイは眉間にシワを寄せた。
王子がグロリアのことを告げている。
占い師であるニャイには少しだけ運命が見える。仮死状態、と王子は言ったが、すでにグロリアの魂はどこにも見えない。その因果を垣間見てニャイは涙をこぼしそうになった。
グロリアサン……あなた、せっかく幸せになれるところなのに……。
だが彼女の行為も分かる気がした。戦乱の末、ニャイの夫は家族を庇って死んだ。そのときに自分がこのような力を持っていたら、きっと使っただろう。
だって最愛の人を助けられるのだから。
そして王子にとってもまた、グロリアは最愛のひとなのだ。
その愛情を支えるため、祈りを送らなければ。もらった優しさのお返しに。
「ほら、お空の神様に手を合わせるの! グロリアサンのこと、お願いするのよ!」
耳をピコピコと動かしながら子供達が半信半疑に手を合わせる。ニャイも手を合わせ、固く祈った。
どうか、どうかあの気の良い令嬢をお助けください。
いただいた親切をお分けできるなら、いくらでも祈ります。
目を閉じたニャイは信じていた。
大丈夫。
たぶん、神様はちょっとめんどくさそうにしながらも、私たちのことをしっかり見ていてくださる方だから。
◆◇◆
同時刻のエルナード王国で多く祈りの姿が見られたことを、何も知らない国民は不思議に思っていたという。
王宮で。
学院で。
市場で。
慈善院で。
それに王都の至る所で。
ぽつりぽつりと、それでも場所によっては多かったので、つられて膝をつく国民もいた。
祈りと願いが見えない魔法線に乗って一カ所に飛んでいく。
それをすべて見ていたのは、ただ、神様だけ。




