55.王子の願い、聖女の力、そして全ては報われる(2)
顔を輝かせ、だがすぐにユイカはうなだれた。
「でもだめ、1回分使っちゃってる……3回分ないと上手くいかないし、あれ、運の要素も多いから……」
「1回分は私の寿命でもなんでも補填すれば良い。やってみる価値はある」
エドガーは顔を上げた。その眼差しの強さにユイカもパリスたちも息を呑む。
「グロリアは助ける。何かしら方法はあるはずだ。諦めるな! これまで積み重ねたことと同じように、可能性を積み上げるんだ!」
声からは決意が滲んでいる。鉄のような言葉にセドリックが目を丸くした。
クロムウェルがふむ、と目を細める。
「……死者の蘇生は神の摂理に背く。重罪に当たる可能性がありますが」
「構わない。それに、彼女の死は必然ではない。私のせいで、運命が曲がったのだ……正すことは神もお許しになるだろう。いや、許させる」
『ふうん、デカイ口叩くねえ』
ポヨン、と音を立てて現れたのは先ほどの男だ。
「あなたは……本当に神なのですね?」
『そうだよ。黙って下がるつもりだったけど、呼ばれたからさ』
素っ気ない様子でその神は地表を見下ろした。
『王子さあ、ずいぶんグロリアに迷惑掛けて、心配させて、いまさら都合が良いんじゃないの? 10年間素っ気なくしてたの、彼女は気にしてたよ?』
「だからこそ、だ」
エドガーは揺るぎない眼差しで男を、神を見据えた。
「あの頃のことは本当に詫びるしかない。呪いのせいもあるが、自分の弱さのせい、迷いもあった。だからこそ、これからは彼女へ心を尽くし、誰よりも大事にすると決めた。彼女を取り戻し、愛するためにも蘇生を許可して欲しい」
『勝手だね』
「もとより重々承知だ。頼む……私の何を代償に持っていっても、構わないから」
『拾ったばかりの命でも?』
悪戯っぽく笑う神に、エドガーは重い表情で頷いた。
「もちろんそのつもりだ。……頼む」
深く頭を下げた王子を神は複雑な眼差しで見下ろす。
それから面倒くさそうに息をついた。
『許可も何も、僕はルールは弄らないから。彼女の死は予定された寿命の終わりや運命ではなかった。不意のものだ。だから君たちで手順を整えて、蘇生が可能なリソースを満たしたなら、自然の摂理が巻き戻ってきっと彼女は蘇るよ』
「どういう意味?」
「蘇生に必要な魔力と、魔方陣を整えろということですね」
ユイカに答え、クロムウェルは神の方を向く。まあね、と神は軽い様子でクロムウェルを見下ろした。
『400年の延命を僕が許したってことは、条件さえ整えば彼女も生き返るって事だ』
「ありがとう、それで十分だ」
エドガーは軽く一礼し、クロムウェルの方へ視線を転じた。
「先生、いままで導いてくださってありがとう。だからこそ、これもお願いしたい。ユイカの聖なる力を使い、代わりの魔力を補填してグロリアを生き返らせるような術式を作ってくれないか。頼む」
「蘇生術なら、心得はあります。魔術は術者の技量と魔力量さえ整えば完璧に起動しますから」
ですが、とクロムウェルは顔を曇らせる。
「完全に死んでしまった人間ですと……ユイカさんの2回、それにあなたが寿命の半分を差し出したとしても魔力量が足りないでしょう」
「半分でなく、全部でもいい! 構わないから!」
ふうっとクロムウェルは肩の力を抜き、いつもの仕草でポンとエドガーの肩を叩く。
「落ち着いて考えてみなさい。それはグロリアの努力を無駄にすることになる。私の残りを差し上げましょう。足りればいいのですが」
「先生……」
「いいんです。私はすでに死んでいる身ですし、グロリアさんへのお詫びもあります。まずはやってみましょう。議論はそれからです」
史学教諭のときの穏やかな口調で言い、クロムウェルは表情を引き締めた。
「さあ、遺体の腐敗も心配ですし早く始めましょう。ユイカさん、そちらへ。エドガー王子、グロリアさんはこちらへ。二人を中心にいくつか魔方陣を描きます」
エドガーは言われた場所へグロリアの身体をそっと横たえる。小走りで移動するユイカを見つつ、クロムウェルは杖を振り上げた。
「神よご許可を感謝します。魂よ巡り戻れ。欠けた器を満たす光、闇のまたたき、再びの生……」
詠唱に応じて赤い線がユイカの周りを取り巻く。それぞれに走る光が複雑な円紋様を描き出す。平面的、立体的に幾重にも出現したそれはひとつの芸術品のようだった。人の背丈の高さまで、数十もの円が重なっただろうか。
パリスがごくりと唾を飲む。
「すごい、すべて失われた大魔法だ……こんなに沢山の術式を、こんな正確に積み上げるなんて……」
「いまです、ユイカさん。祈りを!」
ユイカが慌てて手を組み合わせる。
「おねがい、聖なる力よ、願いに答えて……グロリア・ヴィクトリアに魂を取り戻せ!」
ユイカを中心に爆発的な光が沸き上がる。赤い魔方陣の線の上に流れ込み、色を塗り替え、輝いて……。
クロムウェルが震える手を自分の唇に当て、乾きかけた血を拭い取って杖になすりつける。光が増したが、まだ少し足りない。
「くっ、やはり……」
「先生っ! 私のものを!」
エドガーが言って魔方陣の一端に触れる。だがそうしたのはエドガーだけではなかった。パリス、セドリックが駆けつけて同じように手を当てる。
「君達……!」
「ぼ、僕たちは若くてピチピチですし! ちょっとくらいは!」
「ちょっとどころでなく、ギリギリまで、だろ!」
ビリビリと痺れるような雷が3人の手を駆け上がる。中から引きずり込まれるような感覚があり、途端に後ろへ突き飛ばされた。
「あなたがたの、分は、これで……これ以上は……身体が欠損……命にかかわ……」
クロムウェルががくりと膝をつく。魔方陣はすでにユイカとクロムウェルから独立し、離れ、グロリアの身体を包み込むように青い光を放っていた。だが一角、ほんの少しだけまだ赤い部分がある。
「もう少しなのに……!」
「まだセンパイは生き返っていないんだよ!?」
ユイカの悲痛な叫びに、クロムウェルは苦しげに考え込んだ。
「あと少し、あるいは、複数人の……祈りや願いが得られれば……」
「ここが王都だったらなあ! センパイ、顔広いから、そんな100人や200人の願いは軽く……」
あっ、とパリスが声を上げる。
ユイカ、セドリック、エドガーも、同じ事を思いついたように顔を見合わせた。
「……グロリアを知る人間に、願いを飛ばしてもらえば……!?」
いや、とセドリックが眉を寄せた。
「えっちょっと待て、そんな都合がいいことできるのか?」
「でも、成人舞踏会の時に全土に魔法映像は流せたわけですし、古い魔法回路は通っているので……」
「名案です」
クロムウェルが座り込んだまま微笑んだ。
「エルナード全域に、村の一つ一つまで魔力回路が通っていますので、それを使わせていただきましょう。ひとりずつは微量でも、多数あつまればなんとか」
クロムウェルが震える力で杖を掲げ……腕を落とした。はあ、と吐いた息が深い。もう力がないのだ。
その腕を支え、頭上に掲げさせたのはエドガーだった。
「……先生は、私が呪いを自覚した時から、毎夜のように導いてくださった。死に至る道程だったとしても、その親身さに偽りはないでしょう? ありがとうございました」
「エドガー、あなたは……少し、アンゲリスに似ていますね」
クロムウェルがふっと微笑み、気力を振り絞るように手を掲げた。
「回路を使って思念音声を飛ばし、グロリアの知人だけに分かるよう送ります。そして上手くいけば……回路を使ってまた、祈りを回収出来るでしょう。彼らが祈ってくれれば、ですが」
ごふっと重く咳き込んでからクロムウェルは杖を土に突き立てた。
「エドガー、皆に、グロリアへ祈ってくれるよう呼びかけてください! 声を届けます!」
「分かった!」
杖の上に赤い魔方陣が、上空にもっともっと大きな魔方陣が出現する。
エドガーは視線を上げ、重々しく声を出した。
「私はエドガー・ジャスティン・エルナード。エルナード王国の第一王子だ。いま、グロリア・ヴィクトリア嬢の窮状により、あなたに、グロリアと親しいあなた方に特別に語りかけている……!」




