50.最後の竜(3)
死の呪い。
それがエドガーの身体に。
「王妃が亡くなったと同時に、あの子の身体に呪いの兆候が滲み始めた。もともと微弱に出ていたものが、王妃の死で顕現したらしい。それからはウィリウス師の魔法薬を飲み、なんとか押さえて過ごしてきたが……もはや限界だったのだ」
「そんな」
よろめいた私をセドリックが無言で支えてくれる。ありがとう、と言った声がまるで他人のもののように感じた。
周囲にたくさんの人が集まってきた。手当や作業をしながら、みんなしんとして話を聞いている。フランチェスカも私の服を持って走ってきたが、一言も話さない。泣きそうな顔をしている。
さすがにセドリックは王子だけあり、冷静さを取り戻すのが早かった。表情を整え、国王に向かい合う。
「いったい、なぜそんな呪いが兄上に……何かなされたのですか?」
「エドガーに落ち度はない。それは初代の起こした報いなのだ。500年前、この土地は荒れていた。人々は争い、土は貧しく、集落には力がなく……そんなとき、初代は大きな『竜』を捕らえた。そして魔法でその力を自分のものとした」
「ではこの土地の平定は、竜の力でなされたものだと」
セドリックが声を震わせる。そうだ、と頷いて国王は疲れたようにこちらを見た。
「初代の王は絶大な力を得た。兵器と言っていい。その力は大竜巻と毒をもって3000の軍勢も一瞬でなぎ倒したという。だが……代償もすさまじかった。竜の力を兵器として使えたのは初代王だけ。二台目から五代目までは、竜の呪いだけを受け継ぎ、その暴走により周囲を巻き込んで死んだ。毎回、突然の暴走により沢山の死者が出たと歴史書にも記されている」
「五代目は、アンゲリス王ですね……」
言ったのはパリスだ。包帯を巻かれた姿で身体を起こし、彼は周囲を見回した。
「すみません、私は隣国アルマ大公国のパリス公子です。聖女ユイカに連れられ、幾度かの転移を繰り返してこちらの王宮へお邪魔しました」
「ユイカと転移って、どうして」
「クロムウェル先生……いや、大魔導師ウィリウスに追われていたからです。幾度か追いつかれ、もうダメかと思った……けれど結局、逃げ切れず、ユイカさんを」
はあ、と息を吐いた身体が震えている。私は咄嗟に彼の手を取って握りしめた。
「教えて、何があったの」
「順を追って、話しましょう。まずは……呪いの歴史を、僕からご説明します」
国王は深く頷き、頼む、と言って近くの壊れかけたベンチに座ってしまった。疲れているようだった。
「竜の呪いは王に限らず、王族の中のひとりに引き継がれます。周囲に災害をまき散らし、そして本人も亡くなる。それを何とかしようと立上がったのが五代目アンゲリス王と聖女マキ、それに大魔導師ウィリウスでした。端的に言えば、聖女の『聖なる力』を使って竜の呪いと相殺させたのです」
「聖女の力はそんなことにも!」
「聖なる力と呪いの力は逆に作用しますので……魔方陣を使ってぶつけ合えば相殺するのです」
思い出してみれば確かに、『うん★こい』のゲームの中でもそんなミッションがあった。この国ではないけれど、魔王を封印する際に3回分の願いを使ってクリアする内容だったはず。
しかも3回分、使い切ってしまうと。
「えっと、聞いたところでは3回の願いを使い終われば、主人公はただの人間に戻って特別な存在ではなくなってしまうと」
「今回の場合はそれだけではありません。聖女の力で鎮められても、呪いの宿主は必ず生命力を使い果たして亡くなります。また、聖なる力が少しでも弱ければ、聖女も呪いに当てられて亡くなる」
「なんですって」
「二代目からの国王たちは竜の呪いを恐れて聖女の力に縋るようになりますが、やはり次々と亡くなり……。五代目アンゲリス王が竜として暴走したとき、それを鎮めた聖女マキもまた、折り重なるようにして亡くなってしまったそうです」
研究棟に飾られていたタペストリーが鮮やかに思い出される。そういう意味だったのか。
「しかし二人に後を託された魔導師ウィリウスは研鑽を積み、やがて周囲になるべく被害と影響の少ない方法を編み出しました。竜を辺境へ隔離し、用意しておいた魔方陣に聖なる力を注ぎ込んで……力を相殺する」
パリスはわかりやすいように、自分の拳と拳を軽く打ち合わせた。
「これなら竜は亡くなりますが、聖女への被害はほとんどなくてすむと。もちろん、聖なる力は3回温存しておかねばならないし、使い切ってしまうのですが、命は助かります」
「パリス、どうして……どうしてそんなに詳しいの? ううん、どうしてそのことを言ってくれなかったの!?」
そうだ、もっと前から分かっていたら、他の方法があったかもしれない。他の内容を考えたかもしれないし、エドガーとの生き方だって、もっと……!
パリスはすまなそうに目を伏せた。
「アルマ大公国は、クロムウェル先生が……ウィリウス師が作った国です。この、竜を封印するシステムのため、聖女を安全にとどめておくために作った国。私たち王族はすべて口封じの魔法をされ、これを語るのは禁じられていました。彼の手伝いをする代償に国を支える魔法をいくつも提供され、拒否はできないのです」
「じゃあ、なぜいまは話せるの?」
「これで最後だから、口封じの魔法も切れたのではないか」
重々しく言ったのは国王だった。
「エドガーで最後なのだ、竜の力を受け継ぐのは」
「最後、とは」
「文字通りの意味だ。これまで500年続いてきた呪いだが、受け継がれるたびにその総量は発散されている。継承者はエドガーで最後のはずだ。ウィリウス師の言葉が正しいのなら、な」
国王の顔は苦しみに満ちていた。無理もない、実の息子が早くに亡くなるのを黙って見ていなければならず、その事実に20年以上も耐えたのだから。
「グロリア、あなたをエドガーの婚約者にしたこと、今は恨んでいるかもしれないし、申し訳ないと思う。だが……私たちはあの子に少しでも幸せを与えたかった。優しいあなたなら、きっと寄り添って、つかの間の幸せを過ごさせてくれると……親の我欲であなたを巻き込んでしまった」
私は首を振り、ひざまずいて国王の手を取った。精一杯の気持ちで笑いかける。
「いいえ、少しも後悔していません。大丈夫、何か方法があるはず。それを探します。クロムウェル先生も相談して説得しますから、お任せ下さい!」
「グロリア……」
国王陛下は潤んだ目で私を見る。でも実際、私も泣きそうだった。考えなんかひとつもないし、魔法の力だってたいした物を持っていないのだ。
ただ、エドガーを死なせたくない。その気持ちだけが強く心に渦巻いている。
「陛下、殿下! お持ちしました!」
衛兵がようやく二頭の飛び馬を連れてきた。炎のように輝くたてがみと長い足、いかにも速そうだ。魔法改良をされた馬で、半ば空を飛ぶように進む。その速度は普通の馬の4倍の速さだとか。授業では聞いたが見たのは初めてだった。
「ひとまず王子とクロムウェル先生が目指した場所へ向かいましょう」
「パリス、分かっているのか?」
「ええ。『最後の儀式』はいつも北の湖沼地方で行われます。あそこなら村と別荘が点在するだけであとは湖と湿地ばかり、人への影響が皆無なので」
「よし、行こう! グロリア嬢は私の前に乗って……おや?」
2頭の飛び馬の向こうから、真っ黒な飛び馬がしずしずと歩いてくる。黒い馬は人々の間を通り抜けると、当然とでも言うように私の脇に付けた。そのまま足を折り畳み、地に腹をつけて人を乗せる体制になる。ご丁寧に金色の鞍までついていた。
きらり、と金色の目が悪戯っぽく私を見つめる。
あ、これ、神様だ。
「この飛び馬は……?」
言いかけたセドリックが、ああ、と急に納得した顔になった。
「そうか、グロリア嬢の飛び馬ですね。そういえば引っ越しの際に連れてきていましたっけ。思い出した」
ふふん、と鼻を鳴らす飛び馬は私に顔をなすりつける。私はマジマジと馬を見た。間違いない。おまけに神様め、みんなの脳内に自分のことを擦り込んだな…。
「ではグロリア嬢はその飛び馬で、私たちはそれぞれの馬で。ひとまず湖沼地方を目指しましょう!」
セドリックに続いてパリスがそれぞれの馬に乗り込む。私もぎこちない動作で神様に乗り、そのまま軽く地上を飛び立った。




