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46.嵐の夜明け(2)


 慌てて口を押さえ、そうっと顔を上げると……立ち並ぶの墓の中、ぼんやりと明るい光の輪の中に人影が見えた。

 ひとりはクロムウェル。もうひとりは、苦しげな表情をしたパリスだった。


「分かっていますが、しかし、しかしそこまで拘束するのはあまりにも……」

「だから睡眠魔法か凍結魔法を使えと言っているでしょう! 眠っていれば知ることもない! 凍結させれば肉体の時間も止められます。 彼女が必要なその時が来るまで、そうして保全しておくべきだ。『聖なる力』を一回でも使われてしまったら計画が台無しになるんですよ!」


 クロムウェルの様子が普段と全く違う。こんなに激しく、キツい様子の先生は初めて見た。性格もふるまいも温厚だと思っていたのに。ユイカは愕然とした気持ちで2人を見つめていた。

 

「とにかく、竜の呪いが暴走し始めるまでは聖女の力は温存されなければなりません。でなければ被害は甚大なものになる。5代目アンゲリス、それ以前のエルナード王達の悲劇をもう繰り返す訳にはいかないのです。その後、呪いを継承した王族たちの絶望的な努力と献身を、あなたは無駄にするつもりですか……!?」

「そ、そんなつもりはありません!」


 パリスが勢いよく首を振り、キッと、いままでにないような強さでクロムウェルを見据えた。


「ただ僕は、ユイカさんも、エドガー王子も、それにグロリア先輩の気持ちを考えて欲しいと言っているのです! 彼らに真実を隠し、犠牲にして王国の平和を守って、その上で歴史の影に葬るなんて……あまりにも可哀相すぎます! 他の方法を探すという選択肢はないのですか!?」

「エドガー王子は最初からご存知です。その上で、自分の運命を受け入れている」

「でも、じゃあグロリア先輩は!? 余計な動揺をさせないためと言えば聞こえはいいですが……何も知らない彼女を利用しているだけじゃないですか!」

「パリス王子……」


 クロムウェルが切ない声で言い、苦しげな表情を浮かべた。


「それが、かの国の平和の代償なのです。竜の呪いで建国した王国の、代償であり……代々の王族の、悲願です」

 

 だめだ、もう耐えきれない。ユイカは隠れていた茂みから飛び出した。


「ちょっと! ねえ、何の話をしているのよ!」


 2人は驚いた顔でこちらを見た。


「ゆ、ユイカさん!」

「立ち聞きしたことはごめん! でも、聞き逃せなかったの。ねえ、何の話!? 犠牲って何? エドガー王子とグロリア先輩がどうして……!?」


 クロムウェルは答えず、軽く右手を振った。何もなかった空間から古びた杖が現れ、手の中にピタリと収まる。大きな宝玉のついた、重そうな杖。

 これ、見たことがある。

 あのパリスの見ていた歴史書。そこに載っていた大魔導師ウィリウスの杖……。


「すみません、ユイカさん。どうか眠っていてください……すべてが終わるまで」


 クロムウェルが何かを呟き、杖が光る。まばゆいその光が魔方陣の形を取って、こちらに飛んで……。


「させません!」


 迫ってきた光を防いだのはパリスだった。

 上着を右手に持ち、それで魔方陣を払ったのだ。光は弾け、それでも絡まるようにパリスを包み込む。


「パリスッ」

「ユイカさん! 逃げて! 聖なる力で魔方陣を破って、外に出るんです! そしてグロリア先輩に、いちど、逃げ、て、と……」


 パリスの目が閉じられ、その長身が地面に崩れ落ちる。駆け寄ったユイカは彼を揺さぶった。


「パリス、ちょっと、パリス!」

「無駄です。その魔法は破れない」


 ゆっくりとクロムウェルが近付いてくる。ユイカはパリスを守るように抱きかかえ、強く彼を睨み付けた。


「あなたは、誰? だれなの?」

「なぜ聞くのです? 私はクロムウェル、エルナード王立学院の史学教諭で……」

「違うわ、そうじゃない! ……本当は誰かって、聞いてるの!」


 ユイカの視線にクロムウェルは目を細め。小さく視線を落とした。


「聖女には礼を尽くす、私はマキに誓いました……ですからお応えしましょう。私はクロムウェルです。クリスティアン・クロムウェル・ウィリウス。もうずっと……ここ30年はこの名前です」


 あまりに声が低くてユイカはゾッとした。ここ30年? 生まれたときから、でなく?


「……その前の50年はアグニス。さらに前の50年はオーベル。その前の名前は……忘れました。一番最初の名前は、ロイド。そう、私はロイド・ウィリウス」


 あ、と呟いてユイカが目を丸くする。

 パリスの見ていた歴史書。そこにあった名前。


「まさか、最初の大魔導師だなんて……そんなこと」

「……安らかに死ねていたら、どれだけ良かったでしょうね」


 クロムウェルは悲しげに微笑んだ。


 ユイカの中で何かがパチンと弾けた。パリスを抱き寄せ、頭上へ手を上げる。


「聖なる力よ、願いに応えて……相手を凍らせ! 私たちを外へ!」

「聖女、それはッ……!」


 クロムウェルが驚きに目を見開く。言葉も、振り上げた杖も間に合わない。開いた手のひらの中で光が弾け、一瞬のうちにユイカを、パリスを包み込んだ。







 光が消えてから、クロムウェルは顔を上げた。


 目の前の草むらに二人の姿はない。『聖なる力』を使って脱出したのだろう。

 あれほど無駄にするなと言ったのに、その貴重な力を……。


 思わず膝から崩れ落ちそうになるのを意志の力で堪える。まだ大丈夫。1回だけなら。それだけなら、自分の魔法で、あるいは命で購える。


 まずはユイカとパリスを追うことが先決だ。聖女さえいればあとはなんとかなる。


 身体を動かそうとして左腕の違和感に気付く。見れば、半ば氷漬けのように腕が透明な氷晶の中に閉じ込められていた。パリスの仕業だ。

 腕を振るってそれを容易く振り払い、かき消す。素人の魔法など解除に造作も無い。


 大きな物音で衛兵達が近付いてくるのが分かる。急いで二人を追わなければ。どちらにも追跡用の魔方陣を仕込んであるから見失うことは無いが、聖女の空間転移だけが厄介だ。まったく、歴代の聖女の中でもユイカの気性の荒さは随一だろう。


 聖女。古い記憶。

 脳裏をよぎるのは、血まみれのマキの、切ない笑顔。


 ――もう、私たちのような悲劇を繰り返さないで。お願い、ウィリウス……。


「大丈夫です、マキ。私が必ず……呪いを終わらせますから」


 この仕事が自分の最後のものになるだろう。だからこそ、きちんと始末しなければ。

 クロムウェルは大きく杖を掲げ、転移のための詠唱を始めた。


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