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45.嵐の夜明け(1)


「ほら、大人しくなさってください!」


 部屋の中央で腕を離され、ユイカはよろめきながら衛兵を睨んだ。


「んもう! 痛いったら! もうちょっと優しくできないの!?」

「ユイカ殿、お願いですから規則をお守りください! 今週に入って3度目ですよ!? こうしてあなたを追いかける我々も辛いんですよ!」


 そう言った衛兵の顔は辛いというよりうんざりしている。まあその気持ちも分かるけど、と思いつつユイカはキッと眉をつり上げた。


「なによ、ちょっと街に買い物に行こうとしただけじゃない!?」

「王子に許可をお取りになってくださいと申し上げているんです」

「そうじゃないの、自由に出歩きたいの!」

「……それは許可されておりません。王子の言いつけです、どうかご自愛を」


 はあ、と息をついて衛兵が首を振る。彼らが一礼し、黙って部屋から出て行くのを、ユイカは睨み付けたまま見送った。


「ほんとに……そろそろ限界なんだからねッ」


 言いながら手に持ったバッグを壁に投げつける。バチンと音がしてハンカチやお財布がバラバラと床に落ちた。


 もう2ヶ月。2ヶ月もこの離宮で不自由な暮らしを我慢してきた。

 そりゃあ、毎日何も言わなくても美味しいものが出てくるし、豪華な服もバッグも靴だって売りに来てくれるし、本も庭もプールだってあるし。ユイカにだって我慢する心はあるし。


 でもそろそろ耐えられない。

 

 まず3日前、衝動的に外に出ようとして防壁に弾き飛ばされた。それがムカついたので、昨日は意図的に壁に穴を開けようとして大目玉を食らった。

 そして先ほど。夕食を取ったあと、宵闇に紛れて庭の裏戸から外に出ようとした。今までとは違うルートだからいけそうだったんだけど。


 結果は同じ。まんまと衛兵に見つかって連れ戻された訳だ。

 まったく、どこかで誰かが監視しているのだろうか。まるで見ているみたいにすぐバレてしまう。


 けれどこれで諦めるような聖女じゃない。ユイカは爛々と目を輝かせる。


「面白いじゃないの。こうなったら意地でも外に出てやるわ」


 もともと負けず嫌いだし、こういった勝負?は大好きだ。こっちには転移魔法もある。負ける気はしない。

 というか勝つ!


 これまでの経験から、裏門へのルートは衛兵がきっちり配備されているのは分かっている。さらに今回の失敗で庭の裏戸もマークされてしまった。

 とするなら、もう一カ所……裏庭の逆側にある、小さな休憩所のあたりを狙うのがいいかもしれない。


 裏庭は、出入りするなと言われている場所でもある。

 アルマ大公一族の墓所だとか。


 お墓……確かにちょっと怖いし、申し訳ない気持ちもあるけど、まあ、通るだけなら……。


 思い立ったら試して見ないと気が済まないのがユイカの性格だ。


「ごめんね、さっき投げて」

 

 謝りながらバッグを拾い上げる。中からこぼれ落ちたハンカチにユイカは目を細めた。グロリアが作ってくれたものだ。

 思えばエルナード学院時代は楽しかった。半年ほどの間だけど、すっかり受け入れてもらって、わいわい騒いで盛り上がって。


 思い出すとちょっとだけ、後悔の気持ちがわき上がる。

 あの舞踏会の夜、勢いつけて出てきちゃったのはちょっと軽率だった気がする。


 グロリアや王子を好きっていう気持ちは変わらないけど、他に方法があったかもしれない。

 この2ヶ月の不自由な生活で、ユイカもいろいろと勉強したり、考えたりした。自分のありのままを受け入れてくれたエルナードの暮らしがどれだけ幸せだったか。


 だからできれば、会って謝りたいし、またエルナードに戻りたい。もちろんパリスと一緒に、だ。


 離宮を脱出すれば自由だし、おまけにアルマ大公国の首都アルマダと向こうの首都エルドリアは馬車で一日ほど。ユイカの転移魔法を使えば、疲労のためのクールタイムを換算しても6時間ちょっとで着く計算になる。

 

 よし、まずは脱出して、グロリアと王子に会いに行こう。そして話をしよう。

 ユイカはパチンと指を打ち鳴らし、最初の転移をした。


 一瞬で景色が変わり、そこは夜の庭。周囲は苔むした彫刻や墓が並んでいて、ユイカは思わず声を上げそうになった。どうやら墓所の真ん中に出たようだ。

 顔を上げれば近くに休憩所の丸屋根が見える。狙った裏庭には来られたけど、これはちょっとホラーよね……。

 不意に声が聞こえてきて、今度こそユイカの心臓が跳ね上がった。慌てて木の陰に隠れる。


「ユイカさんの監視を強化すべきだとずっと言っていますよね? 今日も脱出しかけたと報告を受けました。逃げてからでは遅いのですよ!?」


 自分の名前に驚き、その声にまた驚いて声を出しそうになる。

 この声、クロムウェル先生!?


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