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43.幸福な夜(1)


『あれ、珍しいじゃん。まだ起きてんの?』


 神様が久しぶりに姿を現したのは、その日の夜だった。


「……いや、眠れなくて」

『ますます珍しいね。海辺にバカンスに行って疲れてるんじゃ?』

「そのはずなんですけど」


 神様はいつものようにベッドにごろりと横たわる。私はソファから立上がるとその隣に腰掛けた。


『悩み事、だね?』


 黒猫がニヤアと笑う。私は小さく頷いた。


「……エドガーが隠しごとをしている気がして。なんだか具合が悪そうなんです」


 今日の昼間、慈善院で倒れかけたエドガーはほどなく回復し、その後は二人でパーティに戻ることができた。だが彼の顔色はずっと優れず、表情もどこか上の空だった。


 院長の配慮もあり、少しだけ早めに切り上げて馬車で出発したのが午後4時過ぎ。2時間ほどで王宮に着き、夕食を終えてからエドガーと国王様は長い話をしている。まだ話しているようで、彼の部屋の明かりは消えたままだ。

 

「隠しごと自体はいいんです。誰にでもそういうことってあるかもしれないし。でも健康の問題は……」

『心配だよね』


 私は神様の方を見て、きゅっとスカートの裾を握りしめた。聞いても教えては貰えないだろう。神様はそういうことはしないと言っていたし、それによって未来は変わることもある。でも。


 黒猫は静かな目でこちらを見返した。


『未来は教えられない。それは分かってくれるね』

「……はい、大丈夫です」


 苦しい気持ちを押しとどめ、私は息をつく。黒猫は、ふむ、と息をつき、金色の目を細めた。


『……君は変わったね、グロリア。断罪ルートに乗るために四苦八苦、ポンコツなりに頑張っていたがそれはすべて自分のためだった。けれどその過程で誰かを支え、支えられ、ややねじ曲がった感じだがこうしてルート変更まで決意した。王子のために人生を変えたわけだ』


 黒猫は頷き、ポワンと音をさせて人型に変化した。切れ長の目を一度伏せ、それから遠くを見る。


『僕はこれでも、今までに数え切れないほどの人々を転生させてきたんだよ。自分の楽しみのためだけどね。いろいろな職業の人と契約して、いろいろな人生を見た。主人公、悪役令嬢、騎士、魔法使い……』

「他の人……みんな、ご褒美と引き換えに人生を?」

『ああ。最初の約束通り、律儀にルートに乗って寿命を全うする人は半分くらいだったね。あとはルートから逸れてもご褒美をもらおうとする人、途中でやり直しを要求する人、様々だった』


 でもね、と神様は笑う。


『一番幸せそうだったのは、愛する人を見つけられた場合だね。この場合、場所や時代にかかわらず、みんなご褒美への執着を失っていたのが面白かった。ほとんど僕のことを忘れた人もいたよ。死後に思い出して「そういえば」って笑ってた』


 神様はふっと表情を緩めると私の方を見た。


『君も、そうなったね。愛する人を見つけた』


 愛する人。私の顔が赤くなる。


「そ、そうなんですかね。まだ私にはあまり理解が出来てないけど」

『あそこまでイチャラブしといて何言ってんの……まあ君の場合ちょいと流された気はするけどさ。理解するものじゃないらしいよ、感じるんだってさ』


 今日の昼間、胸に浮かんだ気持ち。

 エドガーに想いを受け取って貰えた、満ち足りた気持ち。もしかしてこれが人を愛するということ……。


『……僕にはその気持ちが、今でも分からない。だって神だからさ』


 私はハッと顔を上げた。

 神様はずっとひとりなのか。


「寂しくないんですか?」

『それも分からないんだよね。でも退屈はする。だから君たちに面白いことをしてもらう。それでけっこう楽しいんだよ』


 ははは、と笑う顔がなんだか切なく思えて私は目を伏せた。


『まあそんな顔しなくていいよ。そんな風に思うならぜひ捨てられ王妃ルートにでも乗って僕を楽しませてくれ』

「……それはさすがにお断りします」

『即答すぎない!? 君のルート変更のせいで退屈してんだけど!?」

「いや別に今のルートでもいいって言いませんでした!?」


 はあ、と溜息をついた神様が元の黒猫に戻る。


『まあとにかくさ、思いっきり大爆走して見せてよ。ご褒美なくても死ぬまで契約しているわけだし。ほら、前のモヒカンくらいのことは結婚式でやってもいいんじゃない?』

「ぜ、善処します……」

『ああ、あと一つだけ忠告』


 黒猫がキュッと真顔になる。


『……幸せって壊れやすいからさ。楽しんでおきなよ』


 背中がゾクッとした。

 黒猫の金色の目。脳裏に浮かぶ、エドガーの赤い煙……。


「神様、一体なにが見えて……」


 相手は答えず、いつものようにニヤアと笑う。そこにノックの音が聞こえた。


「グロリア様、エドガー様がいらっしゃってます」

「……応接間にお通しして!」


 フランチェスカに答え、ベッドの上を見るともう黒猫はいなくなっている。

 私は息をつき、不安の名残を追い払うと、表情を改めて立上がった。


 応接間に入るとエドガーが顔を上げた。先ほどよりも少し、顔色が良い気がする。


「グロリア、結婚しよう」


 突然言われて息が止まりそうになった。


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