42.海辺のバカンス 運命の道(4)
「そう、故郷では村一番の占い師として有名だったんだって! いまは占いのお店を開こうとがんばってるんだよね」
えへへ、とニャイさんが照れたように笑う。
「村一番は言い過ぎですネ。でも良く当たるよ! グロリアさんはいま幸せだから、子供の数でも占ってあげましょうか?」
「き、気が早いですよ……でも占い好きだし、お願いしようかな」
待ってて、と言い置いてニャイさんが走って行く。そういえば占いなんて久しぶりだ。前は雑誌とか、友達と駅ビルの占いに行った覚えもある。
ほどなくしてニャイさんが戻ってきた。手には小さな箱を持っている。
「そっちのテーブル借りるネ。ほら、座って。私の占いは、絵カードを使うの。5枚、選んで、因果・過去・現在・未来・運命を見マス。はい、占いたいことを考えつつ、ここから選ぶのです」
ニャイさんは手際よくカードを切り、こちらに見せる。
占いたいこと、か。
ちらりとエドガーの方を見ると楽しげに談笑をしていた。エドガーと私の未来、どうなるか聞いてみようかな。
あまり深く考えずに5枚を選び、ニャイさんに渡す。裏返しのままテーブルに広げてニャイさんが悪戯っぽく笑った。
「じゃあ最初に、因果……あら、珍しいカード。『異世界』? 面白いね」
ひっくり返したカードにはここと違う世界が移っている。高層ビルと自動車だろうか。ドキリとする。
「グロリアさん、王国じゃないところに縁があったみたい。前世とかかな? でもこれは昔に縁のあることだから、あまり未来には関係ない。出身地みたいなものよ。次は過去を見るね……これは『裕福』ああ、ぴったり!続けて現在は『おひとよし』こっちもそのままネ!」
覗き込んでいた女性達から笑いが起こる。えへへ、と私も笑ってちょっとびっくりした。当たっている……のかな。
だが次のカードを見たニャイさんの顔が曇った。
「……何これ。『竜』……? 大きな力、しかも逆のカード。大きな力が失われる予告なんだけど……良いカードではないデスね」
「竜? 思い当たるものはないですね……なんだろう」
おかしいな、と首を傾げたニャイさんはまた次を見て不思議な顔になった。
「こんなカード、この位置で見たことない……『巡る運命』? 良くも悪くも自分に報いが返ってくるっていうカード……この位置、そもそも運命を示すのね。だからもっとはっきり、何かをさし示すカードが出るはずなんだけど」
「報い……」
言いかけた私の後ろで、ガタン、と大きな音が聞こえた。
振り返って見えたのは、机に寄りかかり、床に膝をついたエドガーの姿だった。
「エドガー……!?」
周囲がざわめく中、慌てて駆け寄る。彼の顔は真っ青だ。
「エドガー、どうしたの!? 大丈夫?」
「なんでもない、少し、頭痛と目眩がしただけ……」
「熱射病かもしれませんな。こちらへいらしてください、水を飲んで横になれば」
施設長の導きに、私はエドガーの身体を助け起こす。触れた頬がどことなく熱い。3日間、あまりに行動的だったので疲れてしまったのかも。途中で止めれば良かった……。
「そんなに心配しないでくれ、一時的なものだから。少し休めば大丈夫」
言葉とは裏腹に苦しそうだ。無理をしないで、と言いながら私は彼の身体を支え、隣の部屋の長椅子に座るのを手伝った。
「何かお手伝いできることがありましたら言ってください」
「すまない、ご迷惑をおかけして。少し休ませてもらえれば」
すぐに他の女性が水差しとコップを持ってきてくれる。施設長たちは心配そうにしていたが、何かありましたら、と一礼して戻っていった。部屋の外からは断続的に楽しい騒ぎが聞こえている。
「はい、お水です」
「すまない」
彼は水を受け取り、飲み干してから息をつく。
「心配をかけてしまった。身体は、もう大丈夫になったはずなのに」
「3日間、無理をしたからですよ。大丈夫、あなたが困ったら、私が助けますから」
エドガーは一瞬、驚いたような表情になった。
それからゆっくりと息を吐き出す。
「……君にそう言ってもらえると、嬉しい」
こちらの手を握り、手の甲に口づけをする。いつもの挨拶、愛情表現だが、今はそれよりも感情がこもっているような気がした。不安なのだろうか。それとも何か。
「……あら、この赤いものは」
彼の肩に赤いホコリのようなものがついている。なんだろう。つまみ上げようと伸ばした指先でそれは揺らぎ、まるで煙のように解けて消えてしまった。
「どうした?」
「いえ、エドガーの肩にいま、赤いゴミがあった気がしたのですが……消えてしまいました」
エドガーの顔色が変わった。
「赤かったのか」
「え、ええ、煙のような……でも見間違いかも」
私の言葉にエドガーが顔を押さえる。手に隠れて表情が見えないが、わずかに指が震えるのを見て私は息を呑んだ。
「エドガー、どうしたのですか、エドガー」
彼は顔をあげ、疲れた表情で微笑む。その動作さえずいぶん無理をしているように見えた。
「……いや、大丈夫だ、何でもない。私はここで休んでいる。君はパーティを楽しむといい」
「そんなこと、できません。私もあなたと共に居ます。……具合の悪いあなたを置いていけないわ」
エドガーは一瞬、強くこちらを見つめると、私を強く抱き寄せ、抱きしめた。
「エド、ガー……?」
腕の中に閉じ込められて私は目を丸くした。いままでこんなに衝動的な行動はなかった。嬉しさよりも疑わしい気持ちが勝ってしまう。胸騒ぎがする。何かがおかしい。
エドガーは何も言わず、ただ、しっかりと私を抱きしめている。
まるで何かを失うのを恐れるみたいに。
「グロリア……」
外の喧噪も遠く、心臓の音だけが不安げにドキドキと聞こえてくる。私たちはしばらくの間、じっとそうしていた。
やがて彼は再び息をついて顔を上げた。少しだけ落ち着いたようだ。顔色も戻っている。
「すまなかった。落ち着いたから会場に戻ろう」
「大丈夫?」
「ああ。施設長の言うように軽い熱中症だとは思う。これ以上迷惑を掛けても仕方がないから、迎えは早めに寄越してもらうように言っておこう。さあ、行こうか」
笑う顔は元の通り。
けれどなにか、何かが違っていて。
立ち上がり、先に立って歩くエドガーの背中に、ふわりと赤い何かが見えた気がした。




