41.海辺のバカンス 運命の道(3)
「グロリアさーん! いらっしゃーい!」
石造りの門をくぐるなり、大勢の人が駆け寄ってきた。
あっという間に私の周りが人だかりになる。
「グロリアさん、待ってましたヨ! お久しぶり!」
「私もお会いしたかったです。皆さん、お元気でしたか!?」
「もちろん! エドガー王子もようこそいらっしゃいました、どうぞ中へ。院長がお待ちですよ」
セイレーンの慈善院は海の近く、高台の良い場所にある。古い石造りの城を改装した建物は離宮のように瀟洒で、各地の施設の中でも一番大きく、流浪民専門の施設となっていた。
中には保護された流浪民が30人ほども暮している。住居が決まり次第、順次そちらに移り住むため半年以上ここに住む人はいない。私と父が支援を始めた頃と比べると格段に独立・就職率が上がっており、最近では王都にドレステリアを構えた人物もいる。お手伝いした私にとってもその成果は嬉しかった。
「ここの教育はかなり効率的ですもんね。きちんと学校形式で授業しているし」
「最近は独立した方々のその後のケアにも力を入れているんですよ。地域で孤立していたら可哀相ですからね……しかしそういったケースはあまり見当たらないのでホッとしているところです」
職員と雑談しながら進むと施設の中庭にはすでにパーティの準備がされていた。市庁舎で見たような豪華なものではなく、紙で作った飾りや焼きたてのパンなど、手作りが主体の温かなもてなしだ。逆にそのぬくもりが私には嬉しい。
今日は施設を卒業した人も沢山集まってくれたようで、懐かしい顔ぶれに思わず笑顔になる。和やかな挨拶もそこそこに楽しいパーティが始まった。
「グロリアさん、いつぶりですか?」
「前に来たのが春でしたから、4ヶ月ぶりくらいかな。少しあいてしまってすみませんでした」
「いえいえ、卒業のシーズンだったんですから、仕方ないですよ」
皆は話しながら、しかし私の後ろにいるエドガーに視線が釘付けになっている。無理もない。エドガーがこの施設に来るのは本当に久しぶり。五年以上は経っているのではないだろうか。
それでなくても白い夏服姿のエドガーは目立ちすぎるのだ。イケメン、それは夏の視線を集めてしまう罪な存在なのである。
「グロリアさん、あれ王子? かっこいいネ」
「ほんとの王子様、あんな感じなんだね。魔法の映像でしか見たことなかったけど、イケメンすぎる!」
「護衛の人もみんなカッコイイから、アタシはそっち狙いだわ」
「グロリアさんもすごい美人だから、王子くらいで調度釣り合うね! 良い彼氏そうでよかったじゃん!」
同じ年齢くらいの女の子が笑いながら話してくれる。素直で飾りのないその会話に私は学生時代を思い出した。
記憶を辿れば、王立学院でもけっこう楽しく過ごしていたのよね。慈善事業に監督生にと、『グロリア』としての青春はかなり満喫していたと思う。ユイカが来た最後の半年は本当に騒がしく過ぎていったけど、それも楽しい思い出だ。
人混みの向こうでは、白髪の、人の良さそうな施設長が麦酒片手にエドガーに話しかけている。
「エドガー王子も大きくなられましたな。しかも元気そうでなにより」
「施設長もお元気そうで……」
お互いに古い馴染みであり、穏やかに話が弾んでいるようだ。エドガーの横顔はとても穏やかで、私はマジマジと見つめてしまった。少し前までは考えられないほどの穏やかさだ。
セドリックの言葉が思い出される。
――でも彼は変わった。あなたのおかげだ』
私のおかげではない。環境のおかげ、彼自身の意識だと思う。
それでも……きっかけの一つとなれたのなら嬉しい。
そもそも、きっかけ、というなら彼の方が私の人生のきっかけになっている。
さりげなく褒めてくれたこととか。
雨の日に助けてくれたこととか。
そしてずっと、心の中で大事に思い続けてくれたことも……。
舞踏会の直後から、私はなんとなく浮ついた気持ちで彼を、この現状を受け入れてきた。
最初は混乱して。次は浮かれて。
さらに溺愛に流されて。
それも徐々に落ち着き、いま、私は自分の気持ちをしっかりと見つめつつある。
グロリアとしての18年、迷ったり不安になったりしたけれど、こうして寄り添うことができているのはすべて彼がきっかけだ。ふとした瞬間に手を差し伸べて、優しさを見せてくれたから、私はこちらのルートにも納得して生きることができている。黒猫にはちょっと申し訳ないけど。
彼の態度が違っていたら、元の断罪ルートを逸れたことを今でも後悔しているはずだ。王宮で孤立して捨てられ王妃ルートを目指す、というのもあり得た未来だった。
でも私はそうならない。
エドガーの好意を受け取り、また私の中の好意を受け取って貰えたから。
この満ち足りた気持ちは特別なものだ。
前世では味わったことが無い。なんだろう……なんと言えばいいのか。心の底からの真心というか。
「グロリアさーん、待ってたデスヨー!」
考えごとをしていた私は振り向き、笑顔になった。
向こうから猫耳をピコピコさせて走ってくるのは……あの青猫族のお母さんだ!
「わっ、お元気そうですね。あれっ、エルナードの言葉、すごく上手になってますね!?」
「すごい勉強したモン! 子供も、みんな独立に向けて勉強中デスよ。ニャイ、っていう自分の名前も、王国語で書けるるようになったし」
「偉いなあ……」
感心する私にニャイさんはふるふると首をふる。
「私たちも頑張ったけど、最初はグロリアさん、あなたのおかげデス。あの格好で語りかけてくれなかったら、また彷徨うところでした」
「いえ、私はお友達を手伝っただけなので……でも少しでも幸せのお手伝いが出来て良かったです!」
「あの格好、スゴいよかったですよ。故郷の先生を感じました。嬉しかった。私たちの部族ではすべての出会いが空からの運命だと教えられます。あなたとの出会いも、ここでの出会いも、すべて運命の神のお導きデスね」
にっこりと笑うニャイさんの言葉が耳に沁みる。
運命か。
黒猫の神様が意図したわけではないだろうけど、その世界で私たちが出会ったのは、確かに偶然で、運命とも言えるわけで。
こんな幸せな日はそのすべてに感謝したい気持ちになった。ありがとう、神様。また今度、可愛い首輪作ってあげるね。迷惑かもだけど。
そうだ、と近くの女性が手を叩いた。
「グロリアさん、占ってもらったら? ニャイさん、とっても占いが上手なのよ!」
「占い?」




