40.海辺のバカンス 運命の道(2)
「夢中で釣りをしていたら頭から波を被ってしまった。最後の一匹には逃げられてしまったし。でもグロリアにお土産がある」
「あら、なにかしら」
「手を出してごらん」
エドガーは私に微笑みかけると、半ズボンのポケットから小さなものを出し、手のひらに載せた。
きらきらと、太陽の光に輝く小さな真珠。
「まあ! ありがとうござます。これは拾ったのですか?」
「浅瀬の底に真珠貝があってね。漁師に言われて開けてみたのだ。運良く中身が入っていてよかった」
コロンとした姿は大きくないが、輝きが強くて七色を帯びている。きっとネックレスにしたら綺麗だ。
「喜んでくれたようでよかった。小さなもので申し訳ないが……」
「いえ、エドガーが捕ってきてくれたんだもの、最高の贈り物だわ!」
笑った私の手をエドガーが優しく握る。目を上げれば赤い瞳に出会う。引き寄せられるように顔を、自然に近付け……。
「オホン! 失礼、そろそろ海遊びも満足したので、一足先に首都へ戻ります」
赤い顔をしたセドリックがわざとらしいセリフで立上がった。
「セドリック、まだ一緒に居ればいいのに」
「そんなにイチャつかれたら居づらいに決まっていますよ! お二人ともごゆっくり!」
半ギレみたいに言ってから、でも、とセドリックは表情を和らげた。
「久しぶりに兄上と楽しめて、良かったです。また時々はこうして楽しみましょう」
エドガーは一瞬、切ないような表情を閃かせたが、すぐに笑顔で頷いた。
「ああ。また相談しよう。では後ほど、王宮で」
去って行くセドリックの後に従者達が続き、エドガーは息をついてこちらを向いた。
「おや、美味しそうなパイがあるね」
「エドガーの分もいま持ってきてくれると思うわ」
「君のが食べたいな」
ふっと笑ったその顔に逆らえるはずがない。私は照れながらパイの虹色をひとさじ、すくって持ち上げた。
「もう、このごろワガママなんだから……はい、どうぞ」
ぱくっと食べてエドガーは驚いた顔をする。
「けっこう酸っぱいな。レモンか。もっと甘い味を想像していた」
「上のジャムが蕩けちゃったものね、まんべんなく酸味が……」
「どれ、甘かった頃の名残をいただこうか」
エドガーは私の頬に手を当て、自分の方を向かせる。それから軽く口づけし、ぺろん、と唇の端を舌で舐めとった。
はうっとおかしな声を上げて私の顔は一気に茹でダコになる。
「ちょ、ちょっと、エドガー!? いきなり……!」
「甘いし、美味しい。……嫌だったか?」
覗き込むような赤い目にクラクラする。本当にズルい。こんなの許しちゃうに決まってる……。
エドガーはこちらの表情を楽しむように眺めていたが、テーブルの上の私の手に、自分の手をそっと重ねた。
「……こうしてずっといられたらいいのに」
その声音がどこか寂しい。
私は思わず顔を上げた。
「また何度でも来られるじゃないですか。忙しいけれど……来年とか、その先も」
「そう……そうだな」
エドガーはじっとこちらを見つめていたが、やがて視線を緩めて頷いた。
「また、来れるようにしよう」
エドガーが海の方を見る。赤い瞳に明るい海が映り込んでいる。その光があまりに寂しいので私は驚いた。遠いところを見ていて、そのまま、どこかに行ってしまいそうな。
まさか、そんなことあるわけない。
軽い想像にゾッとして、思わず私は彼の手を握り返した。声を掛けようとしたところで違うところから声が響く。
「グロリア様ー、エドガー王子ー、そろそろ移動のお時間ですよー!」
フランチェスカだ。我に返ったようにエドガーは顔をこちらに向け、それからいつものように静かに笑った。
「……行こうか、次は君のご希望の慈善院だ」
「は、はい」
大丈夫、ただの気のせいだ。私は頷き、不安の欠片を心の奥の方へしまい込んで笑顔を作った。




