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38.エルナード王国の竜(2)


「クロムウェル先生!? どうしてここに!」


「はは、驚かせてすみません。実は、私はアルマ大公国の出身なんですよ」


 ちらりとパリスを見、それからユイカを見てクロムウェルはにっこりと笑った。


「学院は夏休みだし、パリスさんとユイカさんも来ているとのことで、私も久しぶりに里帰りに来たんです」

「そうだったんですか! あれ、でも……もしかして先生、貴族かなにかの出身? この離宮まで入ってこられるなんて」


 確か一般市民や普通の人間はユイカとの接触が禁止されているはず。クロムウェルは馴染みだから通されたのか、それとも理由があるのか。

 

「私の家は大魔導師ウィリウスの直系の子孫なんです。私の正式な名前はクリスティアン・クロムウェル・ウィリウス。普段は長すぎるし、面倒なので短くして使っています」


 ユイカは今度こそ口までまん丸にする。


「えっ、すごいですね! 本当に代々魔法関係のおうちなんだ。ということは、アルマ大公国は大魔導師ウィリウスがそのまま大公になったわけじゃないんだ? どうして?」

「ああ、ユイカさんはほんの半年ほど前にやってきたばかりですから、授業で習っていないかも知れませんね……ウィリウスは初代大公を選出し、国の運営を任せて引退しました。ずいぶん疲れていたとの記述が我が家の古文書にあります」

「竜退治の上にお友達夫婦を失ったんだものね、それは分かるかも……」


 しみじみしたユイカの声にクロムウェルは小さく目を細める。


「けれど大丈夫、その精神はこうして現代にも語り継がれ、引き継がれているのですから。そうですよね、パリス」

「え、ええ」


 俯いていたパリスがハッとしたように顔を上げる。クロムウェルはその顔を一瞥すると、気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべた。


「あっ、そうだ。お二人にお土産を買ってきましたよ。実家の近くのタルト屋さんなのですが、今の時期はエノウの実のタルトが人気のようで……」


 クロムウェルは持っていた白い箱をテーブルの上に置いた。わあっとユイカが声を上げる。


「わあ、エノウの実って初めてかも! でもこの大きさだと、3人じゃ食べ切れなさそうね。警備の衛兵さんも呼んできたら?」

「え、でも」

「監視されているからって、怒ってるわけじゃないからね。あの人達だってお仕事でしょ? 分かってるわよ」


 ふふっと笑ったユイカにパリスは見る見る笑顔になる。


「ユイカさん……ありがとう。じゃあお二人とも、応接室に移動していてください。そちらにカトラリーとお茶を持ってこさせますから!」


 パリスが頷き、トタトタといつもの走り方で図書室を出て行く。背は高いし、顔も格好いいんだけど、なんとも頼りないのがパリスの持ち味だ。見ていて飽きないわね、とユイカは息をついた。


「……ユイカさん、体調は大丈夫ですか?」


 唐突に聞かれ、ユイカは顔を上げた。クロムウェルが整った笑顔でこちらを見ている。

 

「別に?どこも悪いところはないわ。先生、どうしたの?」

「いえ……軟禁に近い生活が続いていると聞いたので」

「ああ、心配してくれたのね。ありがとう、でも大丈夫。離宮は広いし、庭も散歩しているし。本当に外に出たくなったら私の『聖なる奇跡』の1回分を使って……」

「ダメだ!!」


 大声にびっくりした。思わずぽかんとしたユイカにクロムウェルは慌てた様子で咳払いをする。


「いや、君のその力は……規格外なのですよ。唐突に使うと他の、ささやかな魔術式も乱してしまう。ここの監視も長くは続かないから、くれぐれも早まらないで欲しい」


 クロムウェルはいつもの静かな微笑を取り戻すと、ユイカの肩をポンと叩いた。


「ユイカさん、あなたの力は特別なものだ。この世でも希な、国や民を直接救うことのできる貴重なもの。どうかそれを忘れないで、自分を大事にしてください」


 ユイカは曖昧に頷いた。上目遣いで見れば、クロムウェルはすでにいつもの様子で笑っている。さっきの激しい反応は何だったの? 本当にこちらを心配したものだったのか、それとも。


「パリス君の声が聞こえますね。行きましょうか」

「……ええ」


 ユイカはきゅっと口を引き結ぶと、クロムウェルに続いて図書室を後にした。



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