2.グロリア・ヴィクトリア
『君の名前はグロリア・ヴィクトリア。ここエルナード王国のれっきとした貴族子女であり、シナリオ上のキャラ設定としては悪役令嬢だ』
グロリア・ヴィクトリア。知らないキャラだ。
私もすべてのシナリオをクリアしたわけではない。でも攻略サイトでもその名前を聞いたことはない。
『うん★こい 王子とあなたの100万の運命の恋』は楽しい乙女ソシャゲだった。
主人公は迷い込んできた謎の異世界人。ひょんなことから学園で知り合ったイケメン王子様を攻略し、各種イベントでアイテムを集め、美麗スチルやイチャラブセリフを楽しむ。
キャラだけでなく背景も綺麗でテキストも豊富、攻略する王子も多かった。シナリオの長さもイベントの間隔もちょうど良い。
おまけに乙女ゲームには珍しく主人公の性格も性別も選べる。ゲーム内もジェンダーレス設計であり、どの性を選んでも王子との恋愛結婚は可能だ。
魔法の力も「手芸魔法」や「料理魔法」「花壇魔法」など小規模で可愛らしいものが多く、メインシナリオはいつも明るく楽しいハッピーエンド。その分、イベントシナリオでシリアス展開になる場合もあり、その多彩さが受けて大ヒットを記録していた。
主人公は願いを叶える特別な魔法「聖なる力」が使える存在で、シナリオによってはその力を狙って主人公の争奪戦が始まったりする。まさに世界が追い求める主人公なのだ。
乙女ソシャゲにしては珍しく「主人公」キャラの設計が自由なのも新鮮だった。「おとなしい性格」と「活発な性格」から選べるし、性別も男・女・どちらでもない、の3種類が用意されていた。
攻略対象の「王子」もツンデレ、溺愛、ほんわか、クール、天然ボケなど様々なタイプが用意されていた。性格のイメージこそテンプレだが個性は豊かで、人気のあるキャラにはキャラソンやスピンオフコミックなんかも出ていた。
その他の脇キャラには執事や教師、騎士団長などお決まりの職業や性格が続く。
そんな魅力的なキャラたちの中でも、燦然と黒く輝くのが「悪役令嬢」だ。
いわゆる主人公のライバルとなる意地悪な女の子で、あの手この手で主人公を妨害する。足を引っかける、水をぶっかけるなど暴力行為も多く、『うん★こい』随一のアクティブキャラとも言われていた。こいつが本気を出せば大陸を統一できるとも。
複数王子が出てくるシナリオには高確率で出現し、派手(な割にはお粗末)な陰謀で引っかき回しては主人公と王子の絆を深めてくれる名脇役である。テンプレってやつだ。
『君がこのグロリアを知らないのも無理はない。ここは君が死ぬ直前に配信されたイベントシナリオの時間軸だからね』
「えっそうなんですか!?」
『だって、イベントシナリオをやりたかったって言ってたじゃないか』
あー。言った気がする。
なるほど。神様なりに考慮してくれたのか。
「ということは、私はイベントシナリオに出てくる悪役令嬢……」
『そういうことになるね。ここは東大陸の小国エルナード王国、農業中心の穏やかな平地の国だ。たしか君がやったフォルテ王子シナリオ二章の真ん中でちらっと出てきた。大きさは北海道くらい、人口もそこそこ。そこまで大きくないけれど程よく繁栄している、ヨーロッパのアットホームな小国って感じだ』
「へえ……」
『うん★こい』は「100万の恋」を謳っているだけあって国や攻略対象の数が多い。東西南北それぞれの大陸に数多くの国家がある。イベントシナリオでの絡みも多彩なので、どこかの攻略サイトでは膨大な年表と関連図を作っていた。
『うん★こいのゲームはこの運命世界の写し絵だからね。シナリオがリアルで膨大になるのも無理はない。その中でもこのあたりはいまは平和だよ……いまは、ね。まあ謎は多いと思うけどさ、ひとまず君は自分の目的に集中すべきでは?』
「そう、ですね」
悪役令嬢。
いまの自分は悪役令嬢で、神様と契約してるんだっけ。
「私、神様と契約したんですよね? その内容を確認したいんですが」
『忘れちゃった? 乙女ゲーム『うん★こい』の世界に転生し、この世界で割り当てられたキャラ――君の場合は悪役令嬢――のテンプレフラグ通りの人生を全うできたら、願いごとをひとつ叶えてあげる』
「フラグ通りっていうのはつまり」
『うん★こいだと、悪役令嬢のテンプレは断罪・追放ルートか、国外逃亡からの攻め込みルートになる。他にもあるけどテンプレと言えばこの二つ。どちらのルートを達成するかは君の自由だ』
確かに、私がクリアしたいくつかのメインシナリオでも悪役令嬢の末路はそのどちらかだった。その時はまさか自分がそのルートを辿る事になるとは思っても見なかったけど。
断罪追放ルートと、隣国の王子と攻め込みルート……。
いや、攻め込みとかアグレッシブすぎる。行動力ありすぎる。私にはムリ。
であればなるべく穏便に、断罪からの田舎暮らしルートを狙うのが妥当だろうか。
「……ひとまず、断罪ルートで行こうかと思います」
『ま、それが妥当だよね。君の性格だと』
元々、平和な暮らしは嫌いじゃない。むしろ前世でも、宝くじが当たったら田舎に広い土地を買って犬と猫を飼いたいと思うくらいには憧れていた。
働いていたのは神奈川、実家は3LDKの中古マンションだったから一軒家と広い庭が欲しかったんだよね。
おまけに今回はクリアボーナスもあったはず。
「クリアボーナスっていうか、ご褒美もあるんですよね!? 見事、人生をまっとうしたら、願い事を叶えて貰えるっていう……!」
『もちろんだとも。僕はこう見えて神様のひとりだよ。この世界にも、君の世界にも干渉できる。元の人生に生き返るもよし、更に良い人生を求めて条件の良い転生をするも良し。君の自由だ』
元の人生。そして更に良い人生!
私は一気に目の前が明るくなるのを感じた。まさに明るくなった。
断罪・引退は怖いし、王子?に嫌われるのも怖い。
だが、なにより引退&穏やかな田舎暮らし&ご褒美だ。
今回の人生はがんばれば報われるやつだ!がんばろう!断罪ルートがんばろう!!!
あれ。
ということは、ひょっとして。
悪役令嬢が転生する話は小説や漫画のあらすじで見たことがある。たいていは転生の前にすごい意地悪をしていて、それを挽回しようとする。あるいは「断罪ルート」を回避しようとする。
でも今回の私の人生は、そのルートに「乗っかってクリア」すればハッピーエンドなのだ。
……もしかしてこの人生、楽勝では!?
『そうだよ。楽勝でしょ?』
なんだ、そうか……そうだったのか。思わず頬が緩む。
思えば前世は苦行みたいだった。よかれとやったことは報われず、お人好しと呼ばれるだけで終わっていた。
だからきっと、今回は神様が楽勝ルートを用意してくれたのだ。神運営。神だけに。
黒猫の笑顔が神のようだ。いや本当に神様なんだけど。
『フフ、楽勝……だよね?』
猫は意味深にニヤニヤと笑っている。
『確認するけど、断罪ルートに乗るには”周囲に意地悪や迷惑を掛けて王子にも嫌われる”必要があるワケ。君の今までの性格、やったこと……どう? 昨日までのことが思い出せるかな?』
「えっと、今までの私、ですよね」
今までの、この世界での私の……。
頭を打ったせいなのか、前世を思い出したせいか、現在までの記憶はまだ曖昧で人ごとのようだ。前世の記憶を取り戻した、というよりも、いきなり前世の自分に異世界の過去が付け足された感じがする。転生特有の症状なのだろうか。
それでも頭の中の記憶は確かで、探ればいつでも思い出すことができる。
でもこれ、えっと私の人生って……まさか……。
眉をひそめると同時に、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。何人かの足音。
ドンドンっ、とすごい勢いでドアを叩かれる。
「お嬢様!? グロリア様! お目覚めになったのですか!? ……非常時ですので、失礼致しますね!」