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37.エルナード王国の竜(1)


『と、言うわけで、私たちは幸せに暮しています。できればユイカちゃんともまた遊びたいな。すぐには無理だと思うけれど……ご検討ください。


くれぐれもお身体を大事に。パリス君に宜しくお伝えください。

心からの真心を込めて。


 エルナード王国  グロリア・ヴィクトリア より』




「はあ、センパイ……字がきれい……遊ぶならいつだって迎えに行くのに……!」


 ユイカは頬を赤らめて手紙にキスをした。


 今朝、エルナード王宮から手紙が届いた。差出人はグロリア。丁寧に近況が書かれ、こちらの様子も心配していた。センパイはいつだって優しい。それに、便せんからも素敵で綺麗な匂いがした。思わず頬ずりしたくなっちゃう。


 そういやユイカを助けてくれたあの夜もそんな匂いがしたっけ。どうしたのですか? 大丈夫? と迷わず近付いてきて、細かく世話を焼いてくれた姿にユイカは一目惚れしたのだ。


 グロリアは向こうの王宮ではずいぶん大事にされているようだ。それだけでもユイカは嬉しくなった。あそこはのんびりして良い人たちばっかりだしね。

 しかしエドガー王子は性格が変わったという。ほんとに? なんだろう、甘く積極的でイチャラブとか……ちょっと信じられないんですけど……イケメンだけど超無愛想だったよね……?


 大事にされている、といえばユイカもかなり大事にされていると思う。


 あの夜、一緒に行くと決めてから、パリスは本当に良くしてくれた。ユイカのために関係者を説得し、一緒に帰国した際にはきちんと身分を保障する書類まで発行。アルマ大公国の小さな離宮を確保して、快適な暮らしを約束し、実現した。


 もっとも、ユイカの大言と野望だけは固く封じられた。国家騒乱罪に当たってしまうらしい。まあ平和ボケのこの辺じゃしかたないですかね。しばらくしたら対策を考えなきゃ。


 アルマ大公国とエルナード王国は昔から交流があったらしい。そういや学院で習った歴史の教科書にも書かれていたっけ。たしか5代目だかあたりのエルナード国王と、アルマ大公国出身の魔導師が親友だったとか。以来、どちらの国も交流に積極的だとか。


 まあなんとなく穏やかな近況だけど、最高につまらないことがひとつ。


 手紙を持ち、部屋を出ようとしたユイカは廊下の衛兵に止められた。


「ユイカ様、どちらへ? お出かけの際は行き先をお聞きするようにと仰せつかっております」

「パリスの図書室よ! 気にしなくても大丈夫、私、この離宮からは出られないって分かってるから!」


 スタスタと歩き出すユイカに衛兵は無言で頭を垂れる。

 そう、ユイカはこの離宮では四六時中、行動を制限されているのだ。


 パリスに言わせればユイカ自身の護衛と、監視を兼ねているらしい。まああれだけタンカを切っているので、これ以上おかしな行動をさせたくないってのは分かるけど……息苦しいったらない。敷地全体に魔方陣がかけられているようで、ユイカの転移魔法でも出られないとは驚いた。


 まあこれまでの言動を言われれば自業自得ってのは分かっている。

 でもそれはそれとしてムカつくわけで。


 階段を降りていくと1階の奥に図書室がある。静かな室内、中央の机でパリスが熱心に読書をしているのが見えた。


「いつも偉いわねえ。何の本読んでるの?」

「ゆ、ユイカさん」


 顔を上げたパリスはすっかり元のボブカットに戻っている。あのイケメンフェイスも半分以上隠れているからもったいない。でもこのもっさりした頭も面白いし、そんなに悪くないかも、と思いつつ、ユイカはパリスの本をひょいと覗き込んだ。


「えーと、5代目エルナード国王アンゲリスと聖女マキ、アルマの大魔導師ロイド・ウィリウスは共に墓所へ向かい……なにこれ、伝説?」

「ええ、300年程前、我が国とエルナードが友好を深める切っ掛けの話です。いわゆる『竜退治』ですね」


 いまから500年程前、大陸にはまだ巨大な魔法生物が存在していた。竜や一角獣などの伝説で聞くような動物たちだ。それが徐々に人間の文明に押され、淘汰され、300年前にはすっかり滅んでしまったという。

 その最後の時期、エルナードを代々荒らしてきた竜を退治したのがアンゲリス国王とマキだ。


「マキは名前の通り、異世界からやってきた聖女だと言われています。アンゲリス王とマキは結婚しており、ウィリウスは王の親友。ここアルマ大公国はまだ小さな都市同盟に過ぎず、ウィリウスはそこの代表者でした」

「えっ、この国の設立ってけっこう最近なのね!?」

「ええ、その頃はまだ、この辺も戦火が激しくて……この竜退治の後、ウィリウスが同盟を説得して作ったとありますね」


 アルマの街並みや道の造りがこじんまりと、でも整然としていたのはそのせいか。ふうん、と言いながらユイカはパリスの膝の上にごく自然に座った。慌てたのはパリスだ。


「ちょっ、ユイカさん!? 何してんですか!? ぼ、僕の膝ですよ! 椅子じゃないですよ!?」

「うるさいわね、調度いいからちょっと座らせなさいよ。減るもんじゃないし。……ええとなになに、それでアンゲリスとマキはどうしたの、無事に退治したのよね?」

「あ、は、はい、ええと」


 真っ赤な顔でパリスはそれでも必死に本へ目を落とす。


「ええとですね、墓所に出現した竜を退治し、しかし……アンゲリスとマキは命を落としてしまう……」


 ページには確かに、折り重なって倒れる2人の身体が古いタペストリーの模写として描かれていた。その傍らには大きな杖を持ったウィリウスが立ち尽くし、涙を流している。ユイカは溜息をついた。



「竜によって起こされた竜巻で、他にも多数の兵士、市民が命を落としたとあります。それだけ竜の力は強大だったのですね」

「かわいそう……」


「かわいそうでは、ありません。昔から、幾人もの王族がこうして命を落としてきたのですよ。国を救うために」


 低い声に2人が顔を上げる。図書館の入り口から背の高い影が歩いてきた。見覚えのある姿。

 パリスが口をつぐみ、ユイカは、あっと声を出した。


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