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35.王宮暮らしは楽すぎる(3)



 寝室の隣は書斎兼プライベートな応接室だ。私が行くと、エドガーは長椅子に座って何やら書類を読んでいた。


「どうなさいましたか、エドガー」

「やあグロリア。まずは眠る前に再び君に会えたことに喜びを……」


 満面の笑顔で立上がり、私の手を取ってキスをする。もう慣れたけれど、それでもまだちょっと、くすぐったい。


「先ほど、夕食の席でも会ったではないですか」

「あのときは父上たちもいたから。こうして2人で会えるのはまた別だ」


 言いながら今度は私を抱き寄せ、額に軽くキス。エドガーはとても良い匂いで、なんというか、それを嗅いでいるとクラクラしてしまう。好き、という気持ちがじわりと胸に滲んできて、私は照れ隠しをするように慌てて俯いた。


「私も嬉しく思います……それで、ご用事は」

「来週、隣のセイレーン市へ視察に行くだろう? その旅程を確認しようかと思って」


 セイレーンはエルナード王国の中では唯一、海に面しており、風光明媚な街として有名だ。来週、私たちは公務でセイレーン市の市長と懇談し、それから市内の施設を回る予定を立てていた。市長はお父様の友人で顔見知りだし、久しぶりに小旅行のような仕事なので、今からわくわくして計画を立てている最中だった。

 

「二泊三日でセイレーンの各施設を回る予定でしたね。最初は市長と会談、会食。それからは漁業市場や街の魚類博物館も視察して」

「そうそう。それで提案なんだが、三日目に予定しているセイレーンの慈善院で、予定よりも長く時間をとってはどうだろう? ほら、君が学院で世話をした猫族の家族を覚えているか? 現在はそこにいるそうじゃないか。話をする時間があったら良いかと思って」

「えっ、いいんですか!?」


 私は目を輝かせる。

 そう、あのとき慈善院へ案内した猫族のご家族。セイレーンの慈善院へ転居し、家族で仕事をする準備をしている最中だと手紙で報告を受けていた。


「あのお母さん、なんと占い師だったらしいんですよね。しかもよく当たるって! いまは開業してお店をもつ準備をしているって言ってました。会えたらうれしいな……」

「そういう君の嬉しい顔を見たくてね。提案して良かった」


 ふふ、と笑う彼の顔に私はホワッと見とれてしまう。いやほんと、★5でSSRにもほどがありますよ……なんて優しくて、かっこいい婚約者なんだろう。おまけに相思相愛とか、これが運命か。運命の恋なのか。いまだに信じられないときがある。

 でも、こちらの髪を弄る長い指は本物で、心地よくて。


 手で掬い上げた髪にキスしてから、彼が耳元で囁く。


「髪が伸びてきたね、グロリア。結婚式に向けての準備も進んでいるようだし」

「も、もちろん。そのためにこちらに引っ越したのですから……」


 私はドキドキしながら俯く。ほんと、最近のエドガーは距離が近い!慣れてないからドキドキしてしまう。


「来週のためのドレスは新調しなくて良いか? 暑い時期だし、涼しいドレスでも……」

「大丈夫です、この2ヶ月でいろいろ作っていただきましたから! あ、でもその分の予算をいただけたら、慈善院に寄付できるかもしれませんね」

「まったく、そういうところが君らしい」

「ひゃっ」


 軽く耳にキスを堕とされ、私は思わず肩を震わせた。エドガーの行動は以前とは真逆で、とても大胆だ。こっちが恥ずかしくて耳まで真っ赤になる。

 彼は小さく笑い、私の肩をそっと抱き寄せた。


「本当に、君とこうしていられて夢のようだ、グロリア。……長い夢を見ているような気持ちになる」

「私もそうです、エドガー。毎日楽しくて、夢のよう。ああ、でも花嫁修業だけは夢じゃなさそうですけどね……頭に乗せた本の重さったら!」


 明日も朝から厳しめの歩行訓練がある。頭の上に百科事典を載せ、落とさないように歩くアレだ。実家でもそれなりの歩き方は身につけてきたが、王族となるとよりハイレベルな歩き方を要求されるらしい。

 エドガーはクスッと笑うともう一度、私の額に口づけた。


「グロリアが毎日頑張っていることは王宮中のみんなが知っているし、応援している」


 その言葉は優しくて、嬉しくて、ちょっと泣きそうになる。幸せ過ぎて。

 ぐっとこらえて私は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます! 精一杯、おつとめ果しますので!」

「グロリア……」


 エドガーがぎゅっとこちらを抱きしめる。私の目がとろんと潤む。ほんとに彼が好き……となったところでフランチェスカが申し訳なさそうに部屋に入ってきた。


「すみません王子、お嬢様、就寝のお時間でございますので……」

「ああ、22時か。分かった」


 王宮に一緒に住んでいるが、いや、住んでいるからこそ、徹底して清らかな交際が求められる。そう、結婚前は健全な2人。軽いキスまでしか許されないのである。

 エドガーは名残惜しそうに私の髪を撫でると優しい赤い目で見下ろした。その澄んだ色。

 そういえば。私は思い出して首を傾げる。


「エドガー、以前に目が悪いようなことを言っていたけれど、あれは大丈夫でしたか? 治りました?」


 彼はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「……ああ、もう心配入いらない。少し見えにくい時があっただけの話だからな」

「良かった。ほっとしました」


 おやすみ、とエドガーは軽く私の頬にキスを落とし、軽く手を上げて去って行く。本当にキス、キス、キスばかりだ。私は蕩けた頭で手を振り、その姿がドアの向こうに消えるのを見送った。


 はあ、と夢見る顔でこちらを見たのはフランチェスカだ。


「エドガー王子、ほんとうに嬉しそうでしたね。ああ、こんな素敵な婚約者にこんなに愛されたらそうなりますよね……グロリアお嬢様の美しさ、優しさ、光り輝くお姿がエドガー王子はじめ、王宮の皆様に理解して貰えて本当にわたし最高です。もっと布教しまくります!」

「ふ、フランチェスカ……一体なにをしたというの……」

「いえ、ちょっとお嬢様の推しポイントを小冊子にまとめて印刷しただけですよぉ。王宮には独自の魔法印刷所があるというので……相談してお借りして……」


 まさかの同人誌ってやつかしら……まさか転生先で自分の同人誌に直面するとは……。

 グロリアが唖然としている間にフランチェスカは時計を見、いけない、と慌ててお辞儀をする。


「すみません、明日もお嬢様はお忙しいですし、私も無駄話をせずにおいとましますね。おやすみなさいませ!」

「ありがとうフランチェスカ、おやすみなさい」


 バタバタと出て行くフランチェスカと、入れ違いに黒猫がポワン……と現れる。黒猫は見たことがないような般若の顔をしていた。


『リア充……リア充すぎるだろ……滅びよ……神様の僕よりチヤホヤされやがって……』

「ちょ、神様、怖い、こわい!」


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