34.王宮暮らしは楽すぎる(2)
『い・る・よ! ここに! すぐそばに!! 勝手に殺さないでほしいよ!死なないけどね!!』
「わっ」
突然の声に、私はびっくりして振り返った。
ここは王宮内の私の書斎だ。高級材をふんだんに使った室内に、落ち着いた色合いの家具。もう夜なので窓にはビロードのカーテンが掛かっていて、その下、共布で作られた長椅子に黒猫が座っていた。
正真正銘、本物の黒猫……神様だ。2ヶ月ぶりである。
「わあ、神様久しぶりじゃないですか!? あの舞踏会の夜から一度も見てないんですけど!?」
『ちがうよ、君が忙しすぎるの! 昼間は1人になるヒマがないし、夜は夜であっという間にスヤッてるじゃん! 話しかけるヒマなんて無かったんですけど!?』
「あ、言われてみれば……」
確かに、この2ヶ月は忙しすぎた。
まずは王宮への引っ越し。
正式な婚約者になると同時に王族としての花嫁修業もスタートする。王宮に慣れる為もあり、婚約者は実家から王宮の一角へ転居するのが恒例となっていた。
舞踏会の1週間後には私もメイド達を引き連れて王宮へ引っ越し、そこからは朝から晩までみっちりと花嫁修業に明け暮れた。教養はともかく、政務や外交関係の勉強がなかなかハードルが高い。その合間に関係各所や使節団への挨拶もあったりして、自分の部屋に帰ってくるのは毎日夜遅く。ベッドに転がるなり爆睡する日が多かった。
だいたいさあ、と神様は座った目でこちらを睨む。
『君は断罪ルート選ぶんじゃなかったの!? 2ヶ月前、舞踏会に行く前にそう言ったよね!?』
「そ、そのつもりだったんですけど」
さっき手紙に書いたように、あの夜のことは少し曖昧だ。
ユイカたちと話していたときは明確に悩んでいた。シャンパンを飲み、着替えようと思って廊下に出て、先生と話して。
それからおまじないを掛けてもらって……酔いが回ってきて。
そこからが曖昧だった。
「酔ったせいだと思うんですけど、気付いたら高らかに婚約者として宣言していたんですよ。エドガーへの愛を」
『あれ、そういや、なんで王子を呼び捨てにしてるわけ?』
「だってエドガーに『王子なんて堅苦しい呼び方は止めて、エドガーって呼んでほしい』って言われたから」
『うわ、リア充か……滅びよ……』
ドン引き、という表情の黒猫とは対象的に、私は顔を赤らめる。
「私もそう思いますけど! これでも宣言してその夜は混乱したんですけどね。最初は断罪ルート選ぶつもりでしたから」
気付いたら婚約が決まっていて、おまけに王子にキスされて。ようやく頭がスッキリして、自分のルートが婚約者コースだと理解したときはちょっとパニックになりかけた。泣きそうになった。
でもそれを修めてくれたのが、エドガーの言葉だった。
『グロリア。君を尊重し、愛し続ける。この生涯の終わりまで……私の命を賭けて』
その言葉を何度も脳内で繰り返しているうちに、心は落ち着いてしまったのだ。不安が解けた、と言った方が良いかもしれない。
翌日から、彼は人が変わったようにサポートしてくれた。本当に、人が変わったように積極的になった。その勢いに引きずられて自分自身も今の状況を受け入れる気持ちになった。
自分でも驚くほど素直に受け入れることができたのは、きっと本当に彼に恋していたからだろう。
その直前に迷っていたのも、選べなくて悶々としていたのも。
さらに、エドガーの気持ち、行為が私を強く引き寄せた。
「エドガーも同じ気持ちだったんだ、って分かったのは嬉しかったです。やっぱりそこが不安で迷っていたわけですから」
いま考えると「ユイカに婚約者を譲る」というあの考えは本当にダメだったと思う。自分のこと、ルート選択のことしか考えられていなかった。
まさか王子がこれほど愛情を表明してくれるなんて。
国王様や、我が家の父上も泣くほど喜んでくれていたし……ほんと、周囲の人にこれだけ愛され、望まれているのが今更ながらにありがたすぎる。それだけでも十分報われてる。
『他の不安は解消されたわけ? なんか疑惑あったじゃん』
神様の鋭い指摘に、私はちょっとだけ現実に引き戻された。
「まだですけど……それは追々、判明していけばいいなって……」
『うーん、ポンコツの恋愛だねえ』
「言わないでくださいよ! 愛の力が勝ってしまったんです!」
『愛の力でルート変更って、まあこれまでもよくある話だったけどさあ……』
はあ、と息をついて神様は舐め腐ったような、見下したような目をする。
『まあ君って流されやすいおひとよしだもんな。前世から分かってたけど。じゃなきゃ僕と契約してほいほい異世界になんかこないし、仕方ないね』
「すいません……成り行きとはいえ、婚約者ルートを選んでしまったのは、神様には申し訳ないと思ってます」
『ほんとにもう、こっちは断罪ルートに乗るの楽しみにしてたんだからね! あの新作ドレスで民族の踊りをするのを! 楽しみに! おまけにこんなリア充になってさ!』
「うわわ、仕方ないといいつつ全然納得してないじゃないですか……」
言ったところでドアがノックされた。
「グロリア様、起きていらっしゃいますか? エドガー王子がいらっしゃってますが」
「お、起きているわ、お通しして!」
すうっと黒猫が姿を隠し、私は慌てて寝間着の上にカーディガンを羽織った。




