29.運命の日(4)
ユイカは胸を張り、堂々とした足取りで壇の下まで進み出た。
「私の名前はユイカ。異世界から転移した聖女です。エルナード王子の婚約発表とのことですが、ぜひ、私も婚約者に立候補させてください!」
周囲が騒然となる。だがユイカはそれをはねのけるように胸を張った。
「私は特殊な力を持つ聖女であり、エドガー王子の伴侶として、この国の発展のためにこの身を捧げることをお約束します。またグロリア嬢も見放すことはいたしません。慈善事業に造詣の深い彼女は私の右腕として働いていただくことを考えています。現に私たちはいま、親友なのですから!」
大臣達の非難するような声、セドリックの小さな舌打ち、パリスや新成人達の心配そうな視線。すべてを受けながらユイカは顔を上げて立っている。その姿はまさしく聖女めいた誇らしさがあった。
国王は考え込んでいたが、やがて難しい顔を上げる。
「確かに、古い王国規約には聖女の特権として『王国の決定に対し、特例的に異議を唱える権利』が認められている。しかし、それを行ったものはなく、規約も形骸化しており……」
「けれど規約として残っているのでしょう? ならばその権利を行使しても問題はないはずです」
それに、とユイカは真っ直ぐにこちらを見る。
「2人の婚約は10年前、グロリア嬢はまだ8歳の時と聞いています。2人の意志ではなく、親族によって決定されたことは明白。ならば、2人の意志はどうであるのか、今お聞きしたく思います!」
周囲のざわめきに、もっともだ、という声が混じる。古い貴族だろうか、聖女こそが王族の花嫁にふさわしいのでは、と言う声も聞こえた。
国王はふむ、と答えてからエドガーに顔を向けた。
「聖女ユイカの言葉にも一理あると思う。私やグロリアの父であるヴィクトリア通商大臣は日々、2人の様子を見ているが、本人から心の中を聞いたことはなかった。王宮外の者はもっと知らないだろう。正式な婚約にあたってそれを確認するのは良い考えかも知れないな」
国王は優しく笑うと私たちの方を見た。
「第一王子エドガー、ヴィクトリア家息女グロリア。そなたらに今一度、確認をしよう。相手を婚約者とすることに異存はないか?」
私は微笑みを返し、それから国王をまっすぐに見る。
「……わたくし、グロリア・ヴィクトリア、王子の婚約者として異存はありません。心から尊敬し、愛する王子を生涯にわたって支え続けることを、ここにお約束します!」
即答だった。
言葉は自然と出ていた。まるで用意されたように滑らかに出てきたので私自身も驚いた。だがぼんやりした頭ではそれに違和感もない。むしろ、自分の心を偽らずに出せたようで清々しいほどだった。
「グロリアっ……」
エドガー王子が切ない表情を閃かせる。それは迷いだったのか、決意だったのか。分からないまま、私はにっこりと笑いかける。王子が見つめてくれて嬉しい。ただそれしか考えられない。
王子は確認するように頷き、すぐに毅然と顔を上げた。
「私、エドガー・ジャスティス・エルナードもまた、異存はありません。彼女を心から愛し、これからも愛することを誓います」
今度こそ、声にも、表情にも、一切の迷いはなかった。
明確な宣言に周囲がどよめき、それから安堵したような拍手が沸き起こった。王子が私を抱き寄せると、さらにその声は大きくなった。
「エドガー、グロリア。2人の気持ちは分かった。ありがとう、君たちを見守ってきた大人の1人として本当に嬉しい……どうだろうか、聖女ユイカ。2人の気持ちに免じて、ここは身を引いてもらいたく思う」
国王の穏やかな声に、ユイカは私たちを交互に見つめ、それから大きく息をついた。
「……分かりました。うーん、おっかしいなあ。センパイはそんなにきっぱり言えるほど吹っ切れてるとは思えなかったけど……? 本当にセンパイですか? もう一回頭打った?」
「ユイカッ、陛下の御前だぞ! さすがに口を慎め!」
セドリックの押し殺した声に、ごめんなさい、とユイカは舌を出す。
「今は私の負け、退散します。でも2人のことを諦めたわけじゃないから。私……いつかこの国をまるごと私のものにするために、いまは退却するだけなので!」
ユイカの宣言に、いったん落ち着いた場がどよめく。彼女を知っている者たちはいつものことだと呆れた息をついたが、大人達は十分に驚いたようだ。
そんな周囲を尻目に、フフッとユイカは笑う。
「主役だし、このくらい注目してもらえたらほんと満足だわ! ひとまず騒がせちゃったし、婚約できなかった人はどっか別の国へ身を寄せるってのが異世界恋愛系のセオリーですよね! ってことでユイカ、ひとまずおいとまします! センパイ、王子、ぜったい諦めないからね★」
キイン、という特徴的な音を立ててユイカが姿を消す。転移魔法を初めて見る人も多かったようで、さらに驚きの輪が広がった。
エドガー王子が顔を上げ、眼差しを鋭くする。
「お集まりの皆様方、この成人舞踏会の祝賀を乱すような聖女ユイカの言動、ヴィクトリア嬢と共通の友人として私からお詫び申し上げます。聖女ゆえの奔放さ、なにとぞご宥恕いただけますよう」
「よいよい、エドガー。聖女はあのくらい元気な方が良いとの伝承だ。その明るさで救われた国もあったというし、我が国でも初代からしばらくは聖女に救われていたという言い伝えがある。彼女たちの言動は尊重しなければ」
のどかに笑った国王の言葉に会場も和やかになる。うむ、と頷いて国王は目を細め、立ち上がった。それを合図に私と王子は再び階段を昇って国王の下へ向かう。
「……王家にも元気な姫がいて欲しかったところを、このたびヴィクトリア嬢が家族になってくれることとなり、その願いが叶った。この日以降は正式な第一王子の婚約者として王族としての立場を補償する。エドガー、並びにグロリア、両名の前途に幸いのあらんことを」
国王補佐官がそっと差し出したのは王家のティアラだ。大きなダイヤを中央に、煌めく細かなダイヤでアルネリスの花をかたどって作ってある。婚約の際にこのティアラを授かり、結婚の際には大きなティアラと取り替える。それがエルナード王家へ嫁ぐ際の華やかな儀式だった。
王子に手を支えられ、赤い絨毯の上に片膝をついた私の上に、国王はそっとティアラを乗せてくれた。
「グロリア、ようこそ我がエルナード王室へ。家族の1人となってくれるのを待ち焦がれていたよ」
静かに立上がった私に周囲から拍手が向けられた。エドガー王子が私の手を取り、強く握る。
「グロリア、綺麗だ」
「ありがとうございます、エドガー王子」
頭はぼんやり、でも私はにっこり笑った。王子に褒められるのはいつだって嬉しい。ああ、でも、何か気にしないといけないことがあったような。なんだっけ、なんだっけ……。
「それでは皆様、これより成人舞踏会を始めます。最初のダンスは我が国に伝わる『竜のワルツ』ドラグ・ドールから。新成人の皆様はどうぞ、広間の中央へ広がってください」
王子に手を取られ、私も広間の中央へ歩いて行く。向かい合い、手を取られ、ワルツの型を作った私たちはやがて軽快な音楽で踊り出した。
クルクルと回り、ステップを踏む間に私の頭もくるくると回った。王子と私。正式な婚約者となった。本当にこれでいいのかしら。 何かを、大事なことを忘れているような……。
ふっと頭の中に黒猫の影がよぎる。
黒猫?




