1.ポンコツ悪役令嬢、爆誕
最初に感じたのは音。軽やかな小鳥の声が聞こえる。
まぶたに映る光、優しい風。
よく見る転生モノだと、こういう朝に覚醒して……。
転生!?
「んあッ!」
ガバッと飛び起きた私の顔に白い布が絡みつく。
あたふたともがいて外し、ようやくカーテンだと気付いた。高級そうなレースのカーテンだ。もちろん見覚えはない。
周囲を見回して呆然とする。
どうやら窓辺の、大きな天蓋付きのベッドに寝ていたらしい。
部屋は広く、花柄の美しい壁紙に深い茶色の高級そうな家具が並んでいた。中央には丸いどっしりしたテーブルが置かれ、色とりどりの花まで飾ってある。
えっと……ここどこ!?
私が住んでいたのは家賃5万5千円、最寄り駅から徒歩14分の「コーポ平沢」202号室だったはず。この豪華な部屋はなにごと!?
風が吹き抜ける。広がったカーテンの隙間から窓の外が見えた。
「こ、これは……」
眼下には美しい西洋風の庭が広がっている。
バラが咲き乱れる中に小さな彫刻まで立っていた。
その向こうには西洋風の建物、街並み。煙突の煙が薄く立ち上っているのも見える。
この風景の感じ。見たことがある!
『うん★こい』の世界だ!!
窓の向こうには、あの恋愛ソシャゲの背景にそっくりの世界が広がっていた。
『君、死んだんだよ。そして転生した。思い出した?』
「ひいっ!?」
慌てて声の方を向くと、真っ黒な猫が座っていた。きらきら光る金色の目でこちらを見ている。死ぬ前に助けた猫だ。
頭の中でパチンと何かが弾け、すべての記憶が一気に戻ってきた。
前世のこと。
トラック、猫、不遇の死。
スマホに映されていたゲーム。
突然死した私は神との約束により転生し、この『うん★こい』の世界に生まれ落ちた……!?
「あなたは確か、運営……?」
『神だよ神!! ソシャゲからいったん離れて、もうここは異世界なんだから!』
黒猫が小さく溜息をつく。
『やっと思い出したね。正確に言えば、18年ぶりか。18年前、君は一度死に、この『運命世界』に生まれている。先にいったとおり……悪役令嬢グロリア・ヴィクトリアとしてね』
「十八年ってさすがにないでしょう。だって死んだの、さっきですよ!?」
『そんなもんでしょ、転生って。テンプレ通りだよ』
「テンプレ……」
そんなもん、と言われても転生が初めてだから分からない。あの瞬間から十八年も経ったのか、という驚きも大きかったが、もっとびっくりしたのはその後の言葉!
「ちょっと待ってください、あの、悪役令嬢って言いました!?」
『おや、転生前に言ったはずだけど』
呆然とした頭の中を単語がグルグル回る。転生って、確かに契約したけど。ゲームのキャラに転生して、人生やり遂げるって。
まさかそれが主人公ではなく……悪役令嬢とは。
慌ててベッドを降り、私は大きな鏡に走り寄った。
クロゼットの脇、全身を映す鏡の前に立ち……目を丸くする。
「うわっ……美少女だ……!」
それは明らかに美少女だった。
輝くような銀髪と、深い青色の目。
まなじりは少しつり上がっているが人形のように端整な顔をしている。おまけに手足がスラリと長くて雑誌モデルのよう。ちょっとキツめの印象だから、なるほど、意地悪そうに見えなくもない。もちろん『うん★こい』の絵柄通り西洋風の美麗な顔立ちだ。
「これが、私……本当に……」
手で頬を撫でて嬉しくなった。すごっ!すべすべ!
小柄でぽっちゃりした前世とは似ても似つかない。吹き出物の痕も肌のカサつきもない!
前世の顔もまあ、嫌いでもなかったけど……そりゃあ美人の方が良いに決まってる。ハアー、と地味な溜息をついても美少女だからサマになる。こりゃすごい。
いや、正直なところ転生するなら主人公でしょとは思ったけれど。こんなに可愛いなら悪役令嬢でもいいか。
でも。
「これって、誰?」