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26.運命の日(1)


 ついにこの日が来た。

 運命の日が。




 窓から朝日が差し込んでいる。

 ベッドの上に現れた黒猫は私の姿を見て目を丸くした。


『新作ドレスだね……?』


 私は固い表情で頷く。


 着ているのは徹夜で作ったドレス。

 メタル調のきらきら光る身頃。鎧のように重ねられた薄い金属。

 無骨な飾りのように巻き付けたチェーンは猛々しく。

 そして肩にはツノのような金属の飾りを何本もつけて。

 頭はモヒカン二号。これは前作よりも毛を短くして動きやすくしてある。


『めっちゃ世紀末風だね……こういう映画あったね……車に乗ってオノ振り上げて、ヒャッハーッて砂漠を爆走しそうなドレスだね……』

「イメージはそれです。強い私をイメージしています」

『ということは、ついにルートを決めたってこと……?』

「はい」


 私はぐっと強い眼差しを上げた。


「……私は、やはり断罪ルートを選びます」


 黒猫は目を丸くし、それから納得したように大きな息を吐いた。






 6月6日、土曜日。

 夕方の首都エルドリア。


 暮れなずむ空に花火が打ち上がる。

 道行く市民も、貴族も、皆が大輪の光の花を見上げた。

 ああ、今年も成人舞踏会デビュッタント季節シーズンだね、と。


 エルドリア王宮は白亜の城として知られる。鳥が大きな翼を広げたような優雅な形の建物で、エルドリア市のやや西、古くから栄える区域の一番奥に位置していた。


 何もなければ閑静なそのエリアも、今日ばかりは馬車や人でごった返している。

 王宮の正門から玄関はもっと凄い人で、詰めかける新成人達、それを案内する王宮警備兵、侍女達が最大限の急ぎ足で廊下をすり抜け、その向こうからは料理の良い匂い漏れていた。


 一階奥の大広間ではすでに支度ができているようだ。控え室では支度を終えた新成人たちが緊張した面持ちでざわめいている。振る舞われるシャンパンは王宮が買い付けた極上のもので、それが飲めるようになるのも新成人だけの特権だ。グラスを傾ける顔が誇らしげなのも道理だろう。


「センパーイ、その顔、どうにかなりませんかね?」

 

 赤いドレスを着たユイカが茶化すようにグラスをくるくると回す。


「顔って? いつも通りですけれどなにか?」 


 私は眉間に峡谷のような皺を刻んだまま、強張った表情で彼女の方を向いた。


「いやめっちゃ渋い顔じゃないですか!? 顔面どうかしました? また頭打った? ほら、パリスくんだって怯えてるじゃん」

「お、怯えてないですよ! ただ、グロリア先輩、スゴイ顔だなって」

「パリス、フォローになってない……」


 私とユイカ、それにセドリックとパリスは支度を終え、部屋の隅でシャンパンを傾けていた。全員がドレスとタキシード、軍服を纏い、頭も綺麗にセットしている。


 ユイカは赤いドレスと黒いチョーカー、赤いヘッドドレス。大広間に入場する際に先導する係なので、儀式用の大きな燭台を傍らに置いている。

 私はうす水色のドレスに真珠のイヤリング、白薔薇のコサージュで頭を飾っていた。きらめく宝飾品と対象的に、今は頭飾りは控えめだ。後ほど、正式に婚約発表された時に王宮のティアラを乗せてもらうことになっていた。


「いや、緊張してるだけだから。私は気にしないで話を進めて」

「まあ、それは分かるけど……センパイもすごいけど、パリス、あなたもすごい顔よね! 前髪上げたらこんなイケメンなんだもんびっくりしちゃった!」

「そ、それは褒てるんですか? ちょっと恥ずかしい……」


 そう、特にびっくりしたのはパリスだ。練習のときはタキシードだけだったのに、今日はボブカットの頭をきっちりと撫でつけている。普段隠れがちな目を露出したらものスゴイ美形だなんて、この世界、ちょっと美形がインフレしすぎだと思う。ユイカと同じ先導者の役なのでだが、その大きな燭台も貴族的で良く似合っていた。


 私たちの全員が今日の昼前に王宮に集合、そのまま集団で髪の毛のセットとドレスの着付けを行った。美容師さんたち、お針子たちの忙しさと言ったらまるで戦場のようだった。全員終わるのにおよそ3時間ほど掛かり、そのあと荷物の整理とかこの後の手順とかを確認して気付いたらもうこの時間だ。


 この後、6時になればいよいよ大広間の扉が開かれる。


 新成人達はそれぞれペアとなって居並ぶ観客や王族たちの前に進み出る。そのまま順に国王の御前で謁見し、現国王アラン陛下の祝福を得て晴れて成人と認められる。その後は大舞踏会という名の祝賀会となり、喜びのワルツを踊って皆で成人を祝うという段取りだ。


 もちろん、国内の成人舞踏会の会場はこの王宮だけではない。各市町村に一カ所以上設けられ、それぞれの新成人が参加する権利がある。国王のお言葉や宣言などは、古魔法の投影機能を使って各地方の上空に映し出される手はずらしい。いわば古魔法のプロジェクターだ。成人舞踏会は夏至際が期限とも言われており、この国にとって夏へ向かう一大祝祭なのだ。


 そうして……ワルツの前に、私たちの正式婚約も全土へ向けて投影される。

 いや『階段から落ちて気がおかしくなった』私との婚約破棄か。


 シャンパンをぐいっと煽り、ユイカが不適な笑みを浮かべる。


「ひとまずさ、ワルツの前に、センパイと王子の正式な婚約宣言があるんでしょう? 私が『待った!』って叫ぶのはそのタイミングだから、2人ともめっちゃ騒いでよね」

「ユイカさん、それ本当にやるんですか……?」


 パリスの不安顔にユイカはふん、と鼻を鳴らした。


「当たり前でしょ! 私の野望は『王子とセンパイのダブルハーレム』なんだから。それに国の古いルールで、聖女の物言いは王族でも尊重すべしって書かれてるって、パリスが教えてくれたわよ」

「パリス、おまえ余計なことをユイカに教えるなよ!事態が悪化するだろ! ユイカ、俺は絶対にやらないからな。断固として阻止してやる!ヴィクトリア嬢が大人しいからって好き勝手に段取りしやがって……」

「へーんだ、センパイが大人しいのは私を愛してくれてるからだもんね★ 大丈夫、王子もセンパイもこの聖女の私が幸せにしてあげるからさあ」

「ふええ、2人とも落ち着いて……」


 実は聖女がらみのこういった婚約変更・破棄は、この世界では珍しくないらしい。

 それはそうだ、ここは元々乙女ソシャゲの世界。いわゆるテンプレの一種なので、聖女が異議を唱える場合も、王子の方から元の婚約者に異議を突きつける場合もある。

 だからユイカはいつでもハッキリ自分の意見を表明できたし、必要以上に咎められなかったのだ。彼女も事あるごとに自称している通り、聖女という名称を持つ者は特別枠だ。それはこの世界の不文律なのである。

 

 ただ、この国でそのような「王族婚約がらみのトラブル」は記録上はないそうで……聞いた人たちはみんなビックリしそう。でも断罪ルートに乗るにはユイカちゃんの宣言に素直に乗った方が良さそうだし。


 そもそも、こんな間際になっちゃったけど、ほんとに断罪ルートに乗れるのかな。


 正式な婚約宣言についての打ち合わせは先ほど終わっている。新成人の祝福が終わった後、国王にティアラを乗せてもらい、王子との婚約を宣言するという形式的なものだが、それでも私が緊張し、複雑な心境になるには十分だった。


 だって、私が断罪ルートを選ぶためには……その誓約の前に頭がおかしいフリをしないといけないのだ。


 そのための『民族風の踊り』を私は二日前から熱心に練習してきた。フランチェスカにも、家族の誰にもバレないように。黒猫だけは腹を抱えて笑っていたが、それでいい。構っているヒマはない。とにかくおかしく見えるように、不安なこころを吹っ切るように、鏡の前で深夜まで激しく踊り続けた……。


 それをきちんと、群衆の前で出来るのだろうか!? あの優しい父上母上もいるし、セドリック達もいる前で、私は……!

 鬼の形相になるのも道理である。緊張がドンドン高まっていく。


「それにしても兄上、なかなか来ないですね。父上との打ち合わせに時間が掛かっているのでしょうか」

「婚約式の打ち合わせならさっき終わってるはずよね、センパイ?」


 仲間達の雑談を横目に、時計を見上げる。5時半。そろそろ支度をしなければ。


「ごめんなさい、ちょっと手洗いへ……」

「あら、私も行こうかな」


 ユイカの申し出に私は慌てて首を振った。


「いえ、ちょっと緊張しちゃってるから……ひとりで心を落ち着けたいから、ごめんね」

「あ、なるほど。さっきからの怖い顔はそういうことね。分かった、でもなるべく早く戻ってきてくださいね!」


 ふっ、と私は微笑む。


「ユイカちゃん、優しいね。いつもありがとう」


 ユイカが目を丸くし、それから頬を真っ赤にした。


「せ、センパイに言われるとなんか照れるなあ。いやいや、当然ですけどね! 聖女ですし、センパイの未来の伴侶ですし」

「だからそれは違うって、何度言ったら……だいたい父上だって大臣たちだって了承するわけ……」


 セドリックが噛みつき、いつもの騒ぎが拡大する。私は微笑みながら控え室を後にした。


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