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19.先生の相談室(3)



「こ、恋、ですか……そ、そ、そんなことは……」


 恋。いまさら恋なんて。

 断罪ルートを爆走する予定の私に恋なんて。


「あり得ることです。婚約といっても親族が決めたこと、今までの貴方には感情が伴わなかったのでは。それが徐々に『自分の気持ち』が出てきた。心の成長ですよ。あなた方くらいの年齢には良くあることですし、他の方の相談も受けたことがあります」


 言葉が耳に染みこんでくる。

 だとするなら、恋……なの?


 同時に脳内で激しい突っ込みが入る。いやいや、冷静になるのよ自分。ソシャゲで恋はいくらでもしていたじゃない? 『うん★こい』ってそういうゲームだったじゃない!?


 でもどこか、それとは違う気がした。

 ソシャゲでも二次元でもない。いまはこの世界が『現実リアル』なのだ。

 心臓がドキドキし始めた。まさか、いまさら、そんな、恋とか。


「あなた方の場合は他の方よりも様々な事情がおありだと思います。将来の王と王妃になるわけですし、恋愛だけで割り切れない部分も多いでしょう。しかし、だからこそ、相手への好意は誰よりも祝福されるべきものです。それは王子も変わりないはず」


 先生は、そうだ、と笑顔になる。


「それを王子に伝えてみては? 良い機会ですし、彼も気持ちを打ち明けてくれるかも知れません」

「えっ、ええっ!? 王子にですかッ!?」


 額に汗が垂れる。いや、ちょっと待って欲しい。もう人生のハードルを上げないで欲しい。せっかく転生したのにまた転生したくなる。心がパンパンだ。


「大丈夫ですか? ご気分を悪くされたらすみません」

「だ、だ、大丈夫……デス……」


 カタコトの言葉がおかしい。先生はしばらくこちらを眺めていたが、ふむ、と言って立ち上がった。


「急にいろいろ言って申し訳なかった。あなたは賢いから、考えすぎてしまうのでしょう。しかし舞踏会は今週末ですし……少し、心が素直になるおまじないを掛けてあげます」

「おまじないですか」


 先生は長椅子の横、ちょうど私の足下に跪く。私は目を丸くした。先生、足が長すぎる。それよりも仕草が上品すぎる。


 彼の出身はあまり聞いたことはなかったが、もしかして貴族なのかもしれない。切れ長の目に優しげな美貌、銀色の片眼鏡が知性を倍増させていた。文句のつけようがない年上美形だ。乙女ソシャゲの世界だから当然かもしれないけど……神様ありがとうございます。

 

「お手をお借りしてよろしいでしょうか」

「ど、どうぞ」


 私の右手を掬い上げ、先生は口の中で何か唱える。それから手の甲に軽く口づけをした。

 恥ずかしさと同時に、その唇があまりに冷たくて息を呑んだ。先生もお茶を飲んでいたはずなのに、どうしてこんなに冷たいわけ!?

 驚いているあいだに紫の魔方陣が皮膚に浮かび上がり、すぐに消える。


「私も古魔法の研究家の端くれですから、少しは効くと思いますよ。と言っても、もう古い魔法は失われていますから、気休め程度ですが」


 小さく笑って先生が立上がりかけ……私の顔を静かに見つめた。眼差しが真っ直ぐでドキッとしてしまう。


「……あなたは私の古い友人によく似ています。優しく、強く、美しい。……ひとまず私からの助言としては、自分の心に嘘をついてはいけない、相手の気持ちを確かめる、この二つです。大丈夫、あなたは素晴らしい女性ですから、きっと王子とのこともうまくいきますよ」


 ぽん、と肩に置かれた手から優しさが伝わってくる。こちらは温もりがあったのでちょっと安心した。


「話を聞いていただいたおかげで、すごく心が落ち着きました。おまじないもありがとうございます」

「ふふ、あなたのお役に立てたのなら幸い……おや、雷ですか?」


 先生の言葉に私も窓を見る。いつの間にか空が真っ暗だ。窓ガラスにはぽつ、ぽつと雨の雫が当たり始めていた。さっきまでは晴れていたのに。


「今日は夕立があるかも、とは言われていましたが、急に来ましたね」

 

 雨は見る間に強くなっていく。まだ3時を過ぎたところだが、長引けば夕方になってしまうかも。私は立ち上がった。


「すみません、今日はこれで失礼しようかと思います。学生事務室で猫族さんの書類の手続きがあるんです。発見者の届け出を今日中に書かないと」

「雨上がりを待たれては? 濡れてしまいますよ」

「5時を過ぎると事務室も閉まってしまいますし、もう家の馬車も呼んであるんです。4時には戻ると言ってあるので」

「では私が校舎まで送りましょう」

「いえ、さすがにこの距離は大丈夫ですよ! 敷地内のすぐそこ、見えるところですもの。あ、傘だけ貸していただけますか?」


 この雨の中、10分もかからない距離を送ってもらうのはさすがに申し訳ない。靴も服も濡れてしまうし、私は若くて体力もあるし。


「本当に? 大丈夫ですか? ではせめて玄関まで送らせてください」

「ええ、では、玄関まで」


 傘を持った先生を断り切れず、私たちは連れだって玄関へと歩いて行った。

 その間にも雨は強くなり、雷の音が大きくなっていく。うわ、これはさすがに……とは思ったものの、すぐそこだし。急がなきゃ。

 戸口に立つと、私は先生に笑顔を向けた。


「いろいろとありがとうございました。モヤモヤした心も、先生のおかげでスッキリしたみたいです。お時間取らせて申し訳ありませんでした」

「あなたの心が軽くなったのなら幸いです。また遠慮せずいらしてください。舞踏会には私も出席致しますので、また何かあればそこで」


 先生の笑顔はいつでも優しい。私は一礼し、傘を受け取って小走りに森の小径を走り始めた。




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