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17.先生の相談室(1)


 時計塔の鐘が遠く響く。

 私は足を止め、木漏れ日に顔を上げた。


 ダンスのレッスンが終わり、昼食も終えた午後二時。

 私はひとり、王立学院の奥にある研究棟を目指していた。


 学院の敷地はかなり広い。入り口こそかろうじて市街の外れに面しているが、校舎の奥には運動場や馬場、さらに小径を進めば深い森が口を開けている。

 といってもさすがに校舎の近くなら安心だ。木立の中には煉瓦造りの道も整備され、木の看板に行き先も書いてあるから迷うことはない。


 小径を歩いて行くと、森の緑に隠れるように古びた煉瓦の建物が現れる。研究棟の中でもっとも奥にある「古魔法・王国史研究棟」だ。

 軋む扉を開け、室内に入ってもしんと静まりかえっている。

 私は玄関ホールを抜けようとして視線を上げた。


 ホールの壁には古いタペストリーが掛かっている。

 黒い竜を倒す王、そして王妃。

 この国の成立を表す各場面が細かな意匠で織り上げられていた。


 不思議なのは竜を倒した後、王の背中から再び竜が出てくるところだ。

 研究によればなんらかの『呪い』を受けたのではないか、とされているらしいが、なにしろ500年近く前なので正しい事は分からない。王の背中から出た竜は竜巻を纏い、王妃の放つ光に包まれ、やがて王と王妃、二人の亡骸を葬るところでタペストリーは終わっている。


「おや、お早いですね」


 顔を上げるとホールの奥、二階への階段にクロムウェル先生が立っていた。


「いま、森の小花でも取りに行こうと思っていたところですよ。あなたがいらっしゃるので、飾ろうかと」

「まあすみません、お気遣いいただいて……」


 クロムウェル先生は降りてくると、同じようにタペストリーを見上げた。


「竜を倒す王と王妃……何度見ても勇壮な場面ですね」

「背中から出てくる竜は呪い、でしたっけ」

「よくご存知で。私の授業でも解説しましたか」

「ええ、少しだけ。竜なんて本当にいたんでしょうか? 昔話とか伝説には聞いていますが」

「もはや絶滅した存在ですからねえ。この国に残る記録も、半分以上は竜巻災害を竜に見立てたものだと言われていますし」


 エルナードは平原の国であり、海沿いからほぼ平らな大地が続く。そのため竜巻被害は日常的で、数十年に一度は甚大な被害が出ていた。グロリアも小さい頃、一度だけ湖沼地方の別荘の近くで見たことがある。あの黒く聳える姿が竜のように見えるのは納得だった。


「けれど、その竜と戦った人々の記録は残っていますから、私はそちらを信じますよ。いつだって、人の心は時を超えて語り継がれるものなのです」


 先生が一瞬、遠くを見るような目になる。目の色が少しだけ揺らいだようにも見えた。

 だがすぐにいつもの微笑を浮かべて私を見る。


「古い話はここまで。さあ、今の話を聞かせてください……一緒に行きましょう」

「はい!」


 連れだって階段を上がり、軋む廊下を進む。二階の一番奥がクロムウェル先生の部屋だ。古風なドアを開けると、最初に目に付いたのは本、本、本。四方に本棚が聳えている。


 その手前、こじんまりと置かれた応接セットにはすでにお茶の用意がされていた。


「どうぞ、ソファに掛けて。お茶は先ほど淹れておきましたが、少し熱いかもしれません」

「ありがとうございます」


 先生の用意する飲み物はいつも薄い紫のお茶だった。葡萄の葉を加工したものらしく、完熟した実の甘さと深さ、ちょっとだけ赤ワインのような風味が感じられる。


 カップを取り上げればいつもの葡萄色が美しい。口に含むと記憶よりも甘い気がした。温かさがじんわりと身体に広がる。

 一息ついた私の向かいに先生が腰を下ろす。


「午前中はお手柄だったそうじゃないですか。学生事務室から教務員室まで、話が流れてきましたよ」

「猫族さんの話ですか? あれは私が処理したわけではなくて……」


 私も先ほど、みんなで食事中に事の顛末を聞いていた。無事に慈善院の職員さんが来て、5人を施設に連れて行ってくれたそうだ。


「民族衣装を使ったのはヴィクトリアさんだと聞いています。偶然かとは思いますが、素晴らしい機転ですよ」

「い、いや、たまたまです……」


 私は引き攣った笑みを浮かべる。言えない。断罪のためのモヒカンとドクロTとは言えない。もちろん、いまはTシャツも脱いで制服に戻っている。


「皆に愛されるあなたのお悩みは……王子とのことですよね。以前から存じています」


 顔を上げると先生は困ったように微笑していた。


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