14.王子とワルツを(3)
支度が終わり、急いで会場へ向かったのはそれから10分後のことだった。
ホールに足を踏み入れた途端、静かなざわめきが走った。着飾った人々が一斉にこちらを見る。私もユイカも思わず足を止めた。
「な、なんだか見られてる……?」
「それはそうですよ。センパイと私、舞踏会の華ですもん!」
誇らしげに告げ、くるりとユイカが回る。黒い髪、黒い瞳の彼女には緋色のドレスがとても良く似合う。光沢のあるシルクが重なり、膨らんだ裾はバラの花のよう。髪には共布で作ったコサージュが着けられている。
「ほんと、ユイカちゃん綺麗だわ……すごく似合ってる」
「センパイに言われると嬉しくなっちゃう。その言葉、そっくり返しますね、ほら」
そう言われ、ホールの片方に張られた大きな鏡の方を向かされる。
ユイカのドレスとは対象的に、私のドレスはスラリとした細身のものだ。薄い水色の布地は場所によって七色に光を返し、襟ぐりは大きく空き、対象的に袖は長めのパフスリーブで蕾のように膨らんでいる。前世風に言うならエンパイア型と言ったところか。
大きく開いた背中が恥ずかしいと言ったら、シルクタフタの透けるマントをたらしてくれた。結い上げた髪から一房、ウェーブを描いて落ちる束が流れる水のようにも見えた。
「センパイ、きれい。人魚姫みたい……」
背中をよく見たくて、くる、と回ってみる。マントが広がり、同時に周囲から歓声が上がった。慌てて姿勢を正し、なんとなく肩を縮こめる。
「お二人とも本当にきれいですねえ。すごいや」
ざわめく人々の中からパリスとセドリックが出てきた。パリスは燕尾服、セドリックは黒い詰襟の軍服だ。肩から斜めに掛けている帯は王族の証なんだとか。二人とも背が高いし、髪を撫でつけるとまるで大人のようだ。
そう、一緒に騒いでいると忘れがちだが、ユイカやセドリック、パリスは1学年下なのだ。当然、成人舞踏会も来年であり、今回は手伝いだけである。
成人舞踏会は性別を問わない恋人同士、パートナー同士が参加するものなので、該当者のお相手の年齢が違う、というのはよくある。さらに、恋人もパートナーもいない、という寂しい人々のために年下の後輩たちが増援部隊としてやってきているわけだ。
ついでに言うと王子も年上なのでこの式は四年前に終えている。今回は婚約者である私が成人するのでそのお相手として、そして同時に行われる婚約誓約式のために参加してくれる。
「ヴィクトリアさんと……ああ、ユイカさんですね。パリスくんたちも来てくださって。お手伝いご苦労様」
低い声に振り向くと、青灰色の髪を一つにまとめた男性が立っていた。ユイカが、わお、と大げさに喜ぶ。
「クロムウェル先生! 先生も今日は参加されるんですか!?」
「あまり運動は得意じゃないけれど、男性の指導者が欲しいということで頼まれてね」
はは、と笑う顔は涼やかに整っている。これもまたイケメン、しかも年上イケメンだ。年齢は30代の半ばくらい。銀色の片眼鏡に大人の魅力が溢れ、穏やかな美貌が目に優しい。
このクロムウェル先生は王国史学の教諭であり、グロリアたちの学年主任も努めていた。低く優しいその声は特に女子生徒に人気で、個別相談の予約は1ヶ月先まで一杯だったっけ。
「支度室でエドガー王子と一緒になってね。格好は雲泥の差だけど、ご一緒させてもらったよ」
優しい声の向こうからエドガー王子が歩いてくる。
もちろん正装であり、撫でつけた金髪に、真っ白な詰襟。肩から掛けている帯は赤色。暗い深紅の眼差しは物憂げで、睫毛が驚くほど長かった。
「どうした、私の顔に……何か付いているか?」
イケメンぶりにガン見しました、とは言えない。いえ、と小さく言うのが精一杯だ。
パンパン、と手を打ち鳴らす音が聞こえ、ダンスの先生が中央に立った。
「全員揃いましたね!それでは最後の練習を開始します!これが最後ですから、本番同様のつもりで踊りましょう。男性はパートナーの手を取って!」
言葉が終わらないうちに王子が私の手を下から掬い上げる。同時に腰に手を回され、軽く引き寄せられた。思わずおかしな声を上げそうになったが必死に我慢する。
イケメンを見るのには慣れているけど、現実として触られるのはこれが二度目。しかも腰、腰とは……!
王子がそっと身を屈めた。
「ドレス、とても良く似合っている」
耳元で良い声が!!!息がかかる!! 褒められた……の!?
「ありがとう、ございます……」
顔を赤くして俯く。なんだろう、変な感じだ。腰の辺りがモヤモヤする。
いままで、ただ彼を見ていた時とは違う。
もしかして、直接触れられているから心に余裕がないってこと……?
二階から音楽が聞こえてきた。
「それでは皆さん始めましょう。男性は女性をエスコートして、優雅に、軽やかに、はい!」




