8.嫌われ計画(1)
雨上がりの朝。空気は清々しい。
エルナード王国の首都エルドリアは朝日の中できらめいて見えた。
小さく揺れる馬車の中で私――グロリア・ヴィクトリアは大きな息をついた。
転生が判明した、翌々日。
6月1日の朝である。
自分が『うん★こい』の世界に転生したなんて、いまこうしていても信じられない。
もしかしたら夢ではないかと思ったが、どうやら現実のようで、目が覚めても私はグロリアのままだった。溺愛主義のお父様にお母様、フランチェスカの早口も同じ。いつの間にかやってきた黒猫の神様を見て、これは本当に現実なのだと認めるしかなかった。
本当に転生したのだ。しかも18年も経っていた……。
そうして豪華な朝食を食べ(フレンチトーストだった!)白色の制服に着替えた私は二頭立ての馬車に乗り込んだ。
前日に言われていたとおり、今日はエルナード王立学院で行われるダンスの練習会に参加する予定だ。
今週末、王宮では成人舞踏会が行われる。その最後の練習日なのだ。
ひとりだと、静かだなあ……。
馬車の中でひとり、つかの間のゆったり時間を満喫する。
朝から世話を焼かれていたから、なんとなく一人の時間が嬉しい。
『うん★こい』の世界は近世ヨーロッパをベースに洋服や技術など改変を加えている。近世の上流貴族なんてイメージだけだったが、あんなにいろいろな人に世話を焼かれるものだとは思わなかった。記憶が戻る前は当然のようにしてもらっていたことでもなんだか気恥ずかしい。フランチェスカが下着を着けてくれようとしたときには思わず声を上げてしまった。もちろん謝ったけど。
これから向かう王立学院という施設は『うん★こい』ユーザーにはおなじみのものだ。主人公が一番最初に転送されるのがその学院なのである。どの王国にも設置されていて、大抵は全寮制、貴族だけは自宅通学を許されているとか、そういう感じ。
主人公はそこで異世界からの聖女として皆と仲良くなり、攻略対象と接触し、悪役令嬢に足を引っかけられ、三ヶ月の間に王子と仲を深めて晴れて舞踏会で婚約者となる。基本シナリオは王道テンプレだがもちろん違う場合も多く、中には吹っ飛ばされてすぐ牢屋送りになり革命を起こす羽目になる国もあると聞いた。自由だが割とハードな乙女ソシャゲだった。
それに比べれば今回はまだ優しい。
といっても無理ゲーとフラグ折れがひどいんですけど……。
視線を巡らせれば車窓の緑が鮮やかだ。
街路樹やレンガ造りの街並み。豪華な王宮。
『うん★こい』の背景画像、もとい、風景は美しい。白亜の大理石の彫刻が本当にすごくて、ここにスマホがあったら絶対に写メを撮っていただろう。
『街並みが綺麗でしょ。けっこう力入れてるんだよね、これでも』
いつの間にか、馬車の向かいに神様が座っている。
『お疲れ気味だねえ。まあ無理もないけど……どう? なんとなく将来計画は立った?』
「ええ、なんとか」
私は鞄を開け、小さな手帳を取り出した。昨日は心配したお父様やお母様に寝室に閉じ込められていたから、その間に問題点を整理したのだ。
「まずはルート設定として柔らかめの『ふんわり断罪ルート』を目指します」
『ちょっと待って、まず”ふんわり”てなに?』
「王子には嫌われてるけどまわりにはほどほど、みたいなやつですよ。誰かが王子に取りなしてくれて、柔らか引退するやつです」
『なるほど。いいよ、続けて』
こほん、と私は咳払いをした。大事な人生計画である。
「大前提として『王子にきっちり嫌われ』ないといけないんです。現状としては、大丈夫なはず。しかし皆には『激しく好かれている』ので……そこをなんとか『そこそこ嫌われてる』ラインにして、余計なフラグを一掃したい」
『そういや王子ってどのくらい君を嫌ってるんだっけ。僕も四六時中見てるわけじゃなくて、いままでは半年に一回様子を見に来るくらいだったから曖昧でさ』
「だいぶ嫌われてると思いますよ。まず最初の婚約式の時からガンガンに睨まれてたし。そのあと定期的に王宮イベントがあったんですけど、いつもかなり素っ気なかったですね」
『ふーん、完全に脈ナシってことか』
「私、これでもせっせと贈り物したんですよ、ハンカチとか、靴下編んでみたり。お礼の品物はくれるけど、あんまり喜んでいる素振りはなかったですね」
事実とはいえ言っていると滅入ってくる。たはあ、と私は情けない溜息をついた。
「あとは周囲に嫌われればなんとか……」
『もう諦めてさ、悶え苦しみながらみんなに意地悪とか高飛車とか悪役令嬢らしいことをやればいいじゃん? そっちの方が僕は見ていて面白いし!』
「悪役以前に人間としてそれはダメダメじゃないですか」
『断罪されたいんだろ!? どーんと行きなよ、どーんと! 他の国の悪役令嬢は主人公に冤罪を着せて投獄したりしてたよ!?』
「ヒエ……犯罪者……!」
神の概念を覆す鬼畜ぶりに震え上がる。
あ、服と言えば思いだした。私は鞄を開けると小さな首輪を取り出す。
「神様、昨日一日退屈だったんで、これ作ったんですよ。着けてみてください」
『なにこれ』
「かわいいでしょ! 襟付き、蝶ネクタイ付きの首輪ですよ。着けていいですか?」
答えを待つまえに私は手を伸ばし、神様に首輪を付けた。
神様の艶やかな黒い毛皮に、白い襟、赤い蝶ネクタイがぴったりだ。
「よかった!凄い似合ってますよ。場末のバーテンダーみたい」
『褒め言葉それ? 僕神様なんだけど……』
言いながら、神様は自分の身体を見、それから馬車のガラス窓を見て目を細める。
『……けっこういいね』
「でしょ!? サイズがぴったりで良かったです」
『やけに上手だけど、グロリアは手芸魔法の使い手だったっけ?』
「そうです!手芸魔法Lv20に三倍速EX付き、料理魔法はLv15と甘味特攻が使えます!」
『うん★こい』の世界の魔法は可愛らしいが地味だ。手近な素材を操るだけの、工業の手助けみたいな魔法だけが今に残っている。
大学に進み、研究所レベルになると鳥を大きくして乗れるように改造したり、他の古代魔法も使えたりするらしいが……どちらにせよ、そんなに大量の魔力を使う魔法は軍隊や王族にしか使用できない。庶民まで回ってこない高等技術である。
前世の趣味が手芸と料理だったせいなのか、この世界の私も「手芸魔法」と「料理魔法」の使い手だった。手芸に関して言えば足踏みミシンを三倍速で踏めたり、工業ミシンなみのかがり縫いが出来たり。前世はコスプレする友達の手伝いでよく縫い物をしたが、この魔法があったらずいぶん楽だったはず。
『……ご好意、ありがたく受け取っておく。まったく、こうやって好意を誰にでも垂れ流しするからこんなことに……』
「え、なんですって?」
『なんでもない』
神様は顔を上げて馬車の外を見た。
『そろそろ学院に着くよ。それで”嫌われ計画”については何か考えがあるわけ?』
「ひとまずさっき神様が言ったことと同じですよ。外見から入ろうと思いまして……みんなの前にこれで登場しようと思うんです」
私はサッと上着を脱ぎ、パフスリーブのシャツも脱ぎ捨てた。
「じゃーん、どうでしょう!?」




