再会
一方、フェンは村を出てから1週間経った。彼はヴィレム村の近くにある森を抜け、隣町のグラナートまで来ていた。グラナートは炭鉱の街と呼ばれており、街の近くには鉱山がある。その鉱山で採れた鉄鉱石や石炭は、街の鍛冶屋で日用品や武具へと変わる。武具は国が買い、日用品が商人の手に渡り、国中はたまた世界へと行き渡る。
「ほぇ~大きな街だな。俺の村とは大違いだ」
辺りをキョロキョロと見渡すと、一つ一つに感嘆の息を漏らしていた。
「なあ、女王陛下が行方をくらましてるってよ」
「マジかよ。税を重たくしておいて、こっちが陳情出したら、雲隠れか?」
商人達が女王について噂話をしていた。噂話を聞いたフェンは、酷い奴だな。と思い、眉を顰める。
すると、一隻の飛空挺が煙を上げて、上空を過ぎ去っていく。それを、追走する魔物の集団。
「今の見たか?」
「ああ、見た。あの鷹のエンブレムは王家のだろ?」
先程の商人達が、飛空挺を見て騒いでいた。
「王家? なんでこんなところに?」
フェンも同じ事を思ったようで、商人達と一緒に飛空挺を見て、首を傾げていた。
「あれが王家の飛空挺って事は女王陛下もあの艦に乗ってるって事だろ? この国は大丈夫なのかね?」
「王家の飛空挺が魔物の集団に襲われているって事自体、異常だしな。この国から離れた方が良いかもな」
商人達は足早に街の出口へと去って行った。
「飛空挺か……ちょっと見に行ってみるかな」
フェンは飛空挺が飛び去っていった方へと走って向かった。
近付く度に飛空挺から出る煙が辺りで蔓延している。
(……これは、ヤバいな。艦自体からも出火してるし)
煙の中、金属がぶつかり合う音と悲鳴が各所で聞こえ始めている。
(……誰かが戦っている?)
フェンは煙を吸わないよう気を付けながら、近付いていく。
すると雄叫びを上げながら、フェンの方へ魔物が襲い掛かってきた。
(危ねっ!)
魔物の引っ掻きを寸前で躱し、斬り伏せるフェンに魔物は悲鳴を上げて倒れる。
暫くしない内に喧噪の様相にも変化が現れる。
つい先程まで聞こえていた魔物の雄叫びは、一切しなくなっていた。煙幕も少しずつ晴れていき、辺りが見渡すことが出来るようになった。
そこには、墜落した飛空挺と多くの兵士達と魔物の死体が現れる。
「まだ魔物の残党がっ!」
「待て。あれは人間だ」
兵士の男がフェンへ斬り掛かろうとするのを白い鎧を着た男が止める。
「野次馬に構うな。飛空挺が直り次第、発進する」
「はっ!」
男は兵士に指示を出し、それぞれの持ち場に付かせる。
「カルコス。どう? 魔物達は片付いたの?」
甲板から降りてきた金髪の少女を見て、フェンは大声を上げる。
「あっ! 貴方は……確か、フェン!」
「レアーダ。お前、王族の飛空挺に乗ってるなんて、顔広いんだな」
驚くレアーダに笑顔で近付こうとしていた。だが、寸前で阻まれる。フェンの前には、カルコスと呼ばれる白い鎧の男。
「貴様、何者だ」
「何者って、レアーダのちょっとした知り合いだけど」
問いただすカルコスに対して口を尖らせ、不満そうに答えるフェン。カルコスはレアーダの顔を見て、真偽を確かめようとする。レアーダが首を縦に振った事で、彼女を見て真実であることを知ると、カルコスは溜息を吐いた。
「小僧、名前は?」
「フェン・エイリーク」
名を問われ、答えるフェン。
「フェン、貴様はこの方が何者か心得ているのだろうな?」
「何者って、金持ちの令嬢ってところだろ?」
カルコスの質問に首を傾げつつ思っていることを答えるフェン。
「何も知らんのか。なら、教えてやろう。この方は、このミドガルド王国の女王レアーダ・フリュム・ミッドガルド様だ」
カルコスの言葉の意味を理解出来ずに、最初は首を傾げていたが、頭の中で何度も繰り返す度に言葉の意味を理解し始め、何度目かの反芻で完全に理解し、驚きの声を上げるフェン。
「やっと理解できたか。バカ者めが」
「レアーダが、女王!? 嘘だろ?」
未だ信じられないフェンは、カルコスとレアーダを交互に見続けていた。
「このような嘘、付く訳が無いだろう。貴様にこんな嘘を吐いて、何の得があるのだ」
「でも、初めて会ったときはそんなこと一言も……」
カルコスの言葉が信じられないフェンだったが、何かを思い出して言葉が詰まる。
「どうやら、思い当たる節があるようだな」
「……じゃあ、レアーダ・フローレシアっていうのは偽名って事か」
「う、うん。ごめんね」
驚きつつもレアーダを見るフェンに彼女は頭を下げる。
「いきなり正体をばらす奴がいるか。仮にも女王陛下だぞ」
「カルコス? 仮にもって何かな?」
レアーダが笑顔で、彼女の前にいるフェンに怒るカルコスへと問いかけていた。
カルコスは背筋を伸ばし、声にならない悲鳴を上げると、何でもありません! と答えた。
「あの時は、秘密で森に来てたから女王ってバレたらいけなかったの。ごめんね」
「まあ、それならいいんだけどさ。こっちもいきなり女王って言われてもよく分からないし」
謝るレアーダにフェンは、首を横に振ると笑顔を彼女に向け る。レアーダもありがとう。と返し、二人は固い握手を交わす。
「(……おい、小僧の勝手を許して良いのか?)」
「(レアーダ様が許している。こちらが勝手に怒っても、意味はない)」
カルコスとユミルが、二人だけに聞こえる声で会話をしていた。
「(あんな失礼な小僧を許すなんてな……まさか陛下は──っ!)」
「(……命が惜しくなければ、続きを言えばいい)」
二人の仲の良さに察したカルコスだったが、喉元に充てられた短い刃に黙ってしまう。
「(それと貴様が考えていることは間違いだ。陛下は、単純に同世代の友人のようにおもっているだけだ)」
「(お、俺もそう思ってたよ)」
刃をカルコスの喉元に充てながら、間違いを訂正するユミルに対して、カルコスも冷や汗を掻きつつ頷かずに肯定する。
ユミルは、突き立てていた刃を自身の手元へと戻した。
とりあえず、死の恐怖から解放されたカルコスは額に掻いた汗を右手の甲で拭う。
「それはそうと、陛下。そろそろお部屋に戻られた方が宜しいかと。出立の時間も間もなくと思われますので」
「そう。じゃあ、行きましょうか、フェン」
カルコスの言葉に頷いたレアーダは、フェンを伴って部屋に戻ろうとしていた。その発言に、その場にいたレアーダを除く者全ての者が驚きの余り、声を上げてしまう。
「えっ? どうしたの? フェンまで」
「陛下。恐れながら、平民を……まして男を御自身の部屋へ招き入れるのは、どうかと思われます」
よく分かっていないレアーダにカルコスが簡潔に教えた。
それでもレアーダは分かっていないらしく、なんで? と聞き返していた。カルコスは心の中で、溜息を吐いた。
そして隣に立つユミルへ目配せをした。教えてやれ、と。だが、彼女も分かっていないのか、何をだ? という表情をしていた。
幼き女王と恋というものを知らなそうな侍女。それに気付いたカルコスは溜息を軽く吐いた。
「……失礼ながら、小ぞ……エイリーク殿とは、どのような関係でございましょう?」
「ん? どういう関係って、そんなの決まってるでしょ」
レアーダを除く全員が息を呑む。彼女の次の言葉がなんであるかを知るために。
「私とフェンの関係は……」
場は静寂に包まれる中、レアーダの声のみがする空間と化していた。
「……貴重な友人よ」
大半が安堵の息を吐く中、フェンだけが溜息を吐く。
「なんだ、小僧。お前、まさか陛下に良からぬ想いを抱いているんじゃないだろうな?」
「はぁ? レアーダが、当たり前のことを、あまりにも溜めて言うから、心配しただけだよ」
からかうカルコスに、フェンが食って掛かる。
「だって、私からすれば本当に貴重な友人なんだから、仕方ないじゃない」
「ま、まあ。陛下は今までで、あまり街の外に出たことありませんでしたしね。友人というものも城内でしか得られませんでしたし」
憤慨するレアーダに、納得して頷くカルコス。
「で、良からぬ想いをって、どういう意味だ?」
「私もそれ気になった。教えなさい、カルコス」
「あっ! 気にしないでください。私の思い過ごしでしたし」
フェンとレアーダに問い詰められ、タジタジのカルコス。
「陛下。戯れはそこまでにして、お部屋にもどりましょう」
「そうね。ユミルの言う通りにしましょう。さあ、行きましょうか」
ユミルに窘められ、言う通りにするレアーダは、フェンの手を掴み部屋へと戻っていった。引っ張られていくフェンは、ちょっ──! と叫びながら連れられていった。
その光景を見ていた兵士達は、憐れみの目でフェンを眺めていた。
「──っ!」
鋭い視線を感じ、兵士達が作業に戻っていった。視線の主は、ユミルである。
「悪いな。おかげで注意する手間が省けた」
「悪いと思うなら、貴様がやれ」
礼を述べるカルコスに文句で返し、ユミルは飛空挺内へ戻っていった。カルコスは頭を掻きながら、彼女の後を追う。
全員が飛空挺に乗り込み、修理もすこしずつではあるが進み治り始めていた。
部屋で、フェンとレアーダは二人で話をしていた。
「まさかレアーダが、この国の王様とはな。驚きだよ」
「ごめんね。さっきも言ったけど、女王なんてやってると敵が多いから」
素直な感想を吐露するフェンと謝るレアーダ。
「そうなのか。それより俺がこんな口利いてて良いのか? レアーダ、女王様だし」
「うん。フェンは私の貴重な友人だから、気にしないでいいよ」
相手が女王であることに不安がるフェンにレアーダは、問題無いことを告げる。
「う、うん……レアーダの側にいる二人に怒られそうだけど」
「ああ、ユミルとカルコス? 大丈夫。私から言っておくわ」
それでも不安がるフェンにレアーダは安心するように。と言葉を掛ける。
「誰でもいいわ。何か言われたら、私に言ってね。注意しておくから」
レアーダの言葉に、フェンは大丈夫かな? と余計に不安に苛まれたが、彼女が知るよしは無い、
突然、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
『……ユミルです。出立の準備が出来たそうです』
「……そう。ありがとう」
ユミルの報告を聞き、礼を述べるレアーダ。その後直ぐに艦が少しの間、揺れると暫くして揺れは収まった。
飛空挺フェンリルが空へ浮遊し、目的地へ向けて発進した。