叛乱
王都ミドガルド。ミドガルド王国の首都でもある大きな街。その街の北にある大きな建物がある。その建物は王国のトップが住む住宅でもあり、政務の場所でもある。
シオンが村を旅立つ約3か月前。その建物の奥にある政務室で仕事をしている若き男が一人、椅子が座っていた。
「アルヴィース様、商人達から陳情書が届いております」
「そこへ置いといてくれ」
兵士は、男に指示されたとおりの場所へ紙の束を置くと、敬礼をして出て行った。
「……はぁ。あの方は、いつになったら戻ってくるのやら。国の主が不在など、国民に知られたら混乱するというのに。そもそも何処へ行かれたのだ!」
アルヴィースは憤慨して、机を叩いた。すると、机の上に置いていた紙の束が、揺れて床に落ちた。男は溜息を吐いて、床に散らばった紙の束を片付け始めた。
「次帰ってきた時は、外出など許しはせぬぞ……」
「あ、あの……」
恨み言を連ねるアルヴィースに部屋へ入ってきた兵士が報告をしようとするのを躊躇う。
「あの方は、いつもいつも私に大変な役目を押し付けて……」
「あの……アルヴィース様?」
「なんだ! この忙しい時に」
恨み言を連ねているアルヴィースを呼び掛ける兵士は彼に叱責され、声が裏返らせて返事をしてしまった。
「ご、御報告!! 女王陛下がご、御帰還!?」
「何っ!? なぜそれを早く言わん! ここは任せた。私は迎えに行く」
アルヴィースは報告に来た兵士を叱責すると、後を任せ部屋を出た。残された兵士はポカンと口を開けたまま茫然としていた。
アルヴィースは足早に目的地へと歩を進める。少しすると、兵士に迎えられている少女と女性がこちらへ歩いてきていた。
「陛下!」
「ああ、アルヴィース。ただいま」
少女はアルヴィースを見つけると、笑顔で手を振った。
「暢気にしている場合ではありませんよ。人にやらせて、御自身は遊びに行くなどと」
「あっ、もしかしてアルヴィースも一緒に行きたかった?」
自身の愚痴を間違った方向に解釈する少女に、溜息を吐くアルヴィース。それを見た少女は首を傾げた。
「レアーダ様、恐らく彼は政務を丸投げさせられた事に怒っているかと」
「……ああ、そういう事ね。アルヴィース、ありがとうね。私の留守中に政務をやってくれて」
礼を言われ、困惑するアルヴィース。
「陛下、政務へお戻り下さい。私は前々からゲオルグじい──老に呼ばれておりますので」
「それは悪かったわ。じゃあ、すぐに戻るわ」
報告を聞いたレアーダは頭を下げた。
「陛下、王都内で不穏な空気が流れております。御注意を」
「不穏な空気? ……分かったわ」
アルヴィースの諌言を聞き頷くレアーダ。
レアーダが政務に戻ってから、3か月が経っていた。
「陛下、シグムント将軍から定期報告です。『帝国軍ニ動キナシ。コノママ、継続シ監視ス』との事です」
「報告ご苦労さま。引き続き頼む。と伝えておいて」
報告を聞いたレアーダは、伝言を頼む。伝言を聞いた兵士も力強く返事を返し、敬礼をすると部屋から出て行った。
「ふぅ。ベイラといい、シグムントといい帝国に動きが無いのが気になるわ」
「杞憂では? 帝国であっても二国を相手に戦争なんて起こし得るとは、到底思えませんが」
溜息を吐くレアーダを宥めるユミル。
「そうね。考えすぎよね、アルヴィースがあんな事言うから余計に気を張っちゃったのかもね」
「警戒するのは悪いことではありません。警戒し過ぎては、疲れるだけです」
侍女に宥められ、それもそうね。と、肩の荷を下ろすレアーダ。そんな彼女を労うべく、手を叩き、給仕を呼ぶユミル。
程なくして、若い給仕の女がティーポットとカップ、受け皿一式を持ってきた。
「陛下。ラズベリーティーを御用意しました」
「ああ、ありがとう。頂こうかしら」
給仕が近付こうと歩を進めたした時、侍女のユミルがレアーダの前に立ち塞がる。突然のことに、レアーダは彼女の名前を呼ぶ。
「一つ聞く。茶の給仕にナイフは必要か?」
「──っ!」
ユミルの質問に驚く給仕の女と首を傾げるレアーダ。
「もう一度尋ねる。茶の給仕にナイフは必要か?」
「──くっ!」
ユミルの問いに、観念したのかナイフを懐から取り出す給仕の女。その時落とした受け皿やカップなどが割れ、大きな音がした。その音に、外で見張りをしている兵士が気付いて部屋の中に入ってきた。
部屋の中には、外から入ってきた兵士が二人とレアーダとその彼女を背中腰越しに守るユミル。そして三人に囲まれる給仕の女。女は前に立つユミルを気にしつつ、背後の扉と二人の兵士を交互に見比べていた。
「無駄だ。逃げようものなら、即座に捕まえ、組み伏せる」
ユミルの言葉を聞き、唇を噛み締める女。唇からは血が滴っていた。
「……ええ、そうね。逃走は不可。それは分かったわ」
「投降せよ。命までは奪いはしない」
観念した女にユミルは投降を促した。
「……それは無理よ。何故なら私は……っ!」
女は首を横に振って断ったと思った次の瞬間、持っていたナイフを自身の首に勢いよく突き立てた。
突然のことに行動が遅れてしまった四人。
ユミルが女に駆け寄るも既に絶命していた。
「……ユミル。彼女は」
「……この女は、既に亡くなっております。申し訳ございません。まさか自決するとは思いませんでした」
驚きつつ、尋ねるレアーダに申し訳なさそうに謝るユミル。
「……彼女を弔ってあげて」
近くにいる兵士達に冷たくなった女の埋葬を指示する。指示された兵士達に返事を返し、女の死体を抱えたまま部屋を出て行く。
「……彼女は一体」
レアーダは先程起きた事件のことを考えようとしたが、その時間すら与えて貰えなかった。
突然の闖入者達に二人は更なる驚きに見舞われたからだ。闖入者達の正体は十数名の王国兵と黒色の鎧を着た男であった。
「これは何の真似かしら、ゲルズ」
「これは、陛下。本日も大変な麗しいや」
嫌味を言うレアーダにゲルズと呼ばれる鎧の男は、仰々しく頭を垂れた。
「ここから立ち去れ。貴様のような者が立ち入れる場所ではない」
「女王の腰巾着が。調子に乗るなよ。さて陛下、申し訳ありませんが貴女の身柄、預かりに来ましたよ」
叱責するユミルに悪態を吐きながら、本題に入るゲルズ。
「陛下には指一本触れさせん」
「うるせぇな、腰巾着。俺は陛下と話してるんだよ。テメェは黙ってろ!」
「──っ!!」
身構えるユミルを一喝するゲルズ。
「事は急を要しますので、抵抗はしねぇで下さいよ。面倒なんで」
「貴方がここにいるということは、ヒルドルも一枚噛んでいるということね」
急かすゲルズに核心をつく質問をするレアーダ。それを聞いたゲルズは、ビンゴッ!と叫ぶ。
「ヒルドルの旦那の命令なんでね。まあ、旦那からは生死問わずで連れてこいって言われてるんだ。最悪、死体でも良いんだぜ?」
レアーダとユミルは互いに目線を合わせ、頷く。すると意思が疎通したようにユミルはレアーダを抱きかかえると、一目散に開いている扉に向かって走り出す。
「──なっ!」
突然のことに行動が遅れるゲルズと兵士達。
その隙を縫って、外へと脱出したユミル達。部屋の外には兵士が疎らに歩いており、何事かと驚き目を丸くしていた。
「ユミル、何処へ行くの!?」
「飛行艇のドックへと向かいます。そしてこのまま王都を出ます」
レアーダの問いに目的地を伝えるユミル。一直線にドックへ向かって走り出す。
二人がドックへ辿り着くと、見張りの兵士がおどろきのかおをする。
「へ、陛下!? まさか、またお出かけですか?!」
「話は後。直ぐに発進させなさい」
飛空挺の前で整備している整備員が驚いて尋ねるとレアーダが彼らを急かす。
「陛下、何がありましたか」
「カルコス、貴方は私の味方かしら? それとも敵かしら?」
慌ててながら、問いただす白い鎧を着た男にレアーダは、一つの質問を返す。
「はっ? 何を言っているのか分かりかねますが。陛下に、牙を剥く輩がいるということですか?」
「そうね。貴方は、どちらかしら?」
首を傾げるカルコスに改めて尋ねるレアーダ。
「それでしたら、安心して下さい。私は味方でございます。というより、陛下とて分かっておいででしょう」
「……そうね。私が貴方を、第五師団の師団長へ任命したんだものね」
真剣な目で彼女を見るカルコスに溜息を吐くレアーダ。
「……どうやら、陛下を狙う敵が来たようですよ」
「……そのようね」
二人は飛行艇の甲板から、ドックの入口から大勢の兵士が入ってきていた。
飛行艇の下で戦闘が始まる。
「発進はまだなの!」
「落ち着いて下さい。あと少しで発進できます」
焦るレアーダにカルコスは落ち着くよう宥める。
「……大丈夫なのよね?」
「陛下、私と第五師団の力を信用出来ませんか?」
心配するレアーダにカルコスは険しい顔をして尋ねる。尋ねられたレアーダは、そうじゃないけど……。と困惑しながら答える。戦闘が始まって数分後、兵士の一人がレアーダ達の所へやってきた。
「発進の準備が出来ました!」
「そうか。陛下、部屋にお戻り下さい」
兵士の報告を聞いて、レアーダに部屋へ戻るよう伝えるカルコス。それを聞いた彼女は渋々頷いて部屋へと戻った。
「……飛空挺フェンリル、発進せよ!」
カルコスの言葉に力強く返事を返す兵士達と整備員達。
ドックの天井が開き、飛行艇フェンリルは、天へと飛び立った。
その頃、飛行艇フェンリルが飛び立った事。レアーダ達に逃げられたことを法衣の男の許へ伝えられていた。
「……報告は以上となります」
「……下がれ」
兵士の報告を聞いた法衣の男は下がるよう指示を出す。兵士も軽く会釈すると退出した。
「……これは失態だぞ、ヒルドル」
「……申し訳ございません。ですが追っ手は既に差し向けております。御安心を」
叱責する法衣の男に頭を下げて改めて報告をするヒルドル。
「分かったが、これ以上の失敗は許されん。次は必ず首を取るのだ」
「……はっ。必ずや」
法衣の男の言葉を聞いたヒルドルは、会釈して部屋を出る。
「……おのれ、レアーダめが」
法衣の男は唇を噛み締めて悔しがっていた。