決意
ヴィレムの森で出会ったレアーダという少女とその付き人の女性ユミルとの別れから、はや三ヶ月が経っていた。
フェンは、いつもと変わらず、ヴィレムの森での修行を欠かさず行っていた。変わったといえば、三ヶ月の間に年も16になり、また一つ大人に近付いていた事だ。
「母さん、行ってきます!」
「フェン! ……あの子は、もう」
息子の変わらない行動に怒りを通り越し呆れていた。
「さて、森に来たはいいけど、ヴィレムの森に棲む魔物は一通り倒せるようになったし。もうそろそろ村を出ても大丈夫なんじゃないか? よし、そうと決まったら適当に切り上げて出発の準備を」
フェンが気を抜いた瞬間、遠くから気高い咆哮が森を包んだ。
「な、なんだ!? さっきのは。今まで聞いたことがないぞ」
慌てるフェンを余所に、迫り来る咆哮。
グォォォォォォォォォォォォ!
咆哮と共に森の奥から樹の形をした魔物が出てきた。
「なんだ、あの魔物は!? スライムやフォレストラット以外にもこんな魔物もいるかよ!」
見たことない魔物の登場に慌てるフェン。
グォォォォォォォォォォォォ!
魔物の咆哮に怯むフェン。
「おい少年、邪魔だ。下がってろ」
突如、鎧を着た青年が現れた。青年は乱れた短い黒髪を掻きながら、フェンを下がらせた。
青年が着る鎧は、薄汚れており最近付いた汚れではなく前から付いていた汚れという感じに見えた。
「ちょっと待てよ。なんだよ、お前! それにあの魔物はなんだよ」
「うるせぇ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
鎧の青年とフェンはケンカを始める。
「それにクソガキってなんだよ! 大人だったら、もう少し言葉遣いってものを」
「うるせぇ! 口が悪いのは生まれつきだ!」
グォォォォォォォォォォォォ!
「「黙ってろ!!!」」
グォォォォォォォォォォォォ……。
2人の勢いに圧され、魔物は黙ってしまう。
「はぁ。グリーズ、そんな言い方は無いんじゃないかな」
「うるせぇよ、フェリクス。この少年がケンカ売ってきたんだよ」
木々の中から黒い影が現れた。影の正体は、枝葉まみれで乱れた金色の短髪とは正反対の端正な顔立ちで小綺麗な鎧を着た青年であり、相棒と思われる青年を窘めていた。言われた方は怒気を露にして、相棒に言い返す。
「おやおや、随分と余裕だね」
「うるせぇ。おい少年、待ってろ。あの魔物倒してたら、相手してやるよ」
からかうフロドに苛立ちながら、魔物へ長剣を構えるグリーズ。
グォォォォォォォ!
「おうおう、雑魚なりに吠えやがる!」
魔物の咆哮にグリーズは、嬉しそうな表情をし手招きする。
まるで、かかってこい。と言っているように。
グォォォォォォォ!
「遅ぇ!!」
攻撃を仕掛ける樹の魔物。攻撃を軽々躱すグリーズ。
彼は攻撃の後の隙を見逃さず、右手に持つ剣で魔物を斬り裂いた。
グォォォォォォォ!
魔物の悲鳴とも呼べる叫び声が反響するかのように辺りに響いていた。
「けっ、雑魚が」
「樹木系魔物であるトレントは、手強い魔物なんだけどね。流石はグリーズというところかな」
消滅した樹の魔物に悪態を吐いている相棒を見て、呆れるフロド。
「待たせたな、少年」
「はいはい。そこまで。子供相手にカッコ悪いよ、グリーズ」
意気揚々としていたグリーズだが、フロドの一言で黙ってしまう。
「あんた達はなんなんだ?」
「ああ、俺達は旅の冒険者なんだ。俺がフロド、あそこで不貞腐れてるのがグリーズ。ところで君はこの辺りの人間かい?」
訝しげに訊ねるフェンに自己紹介した後、問うフロド。問われたフェンは首を縦に振り、肯定した。
「あんた達は冒険者なんだな。俺の父さんも冒険者なんだ。ヴィーズ・クレーヴェルっていうんだけど、知らないかな?」
「ヴィーズ・クレーヴェル……ごめん、聞いたことないな」
「そいつ、強いのか? 聞いたことないなら、弱いってことだろ?」
フェンに問われ、謝るフロドとカラカラと笑うグリーズ。
「父さんを馬鹿にするな!」
「おっ? 少年が一丁前に吠えてやがる」
「グリーズ、趣味が悪い。ごめんな、俺達が知らないだけで、もしかしたら知ってる人がいるかもしれない。俺達も旅がてら聞いてみるよ」
怒りを露にするフェンを馬鹿にするグリーズ。そんな彼を相棒のフロドは窘めて、フェンに父親探しの手伝いを約束した。
フロドの言葉を聞き、何勝手なこと約束してんだよ。俺はやらないからな!と激怒するグリーズ。
「ホント困った相棒だ。まあ、期待しないで待っててくれ」
「なあ、どうやったらそんなに強くなれるんだ?」
突然の問いに、ん? と聞き返すフロド。
「俺、強くなって父さんみたいに世界を旅したいんだ」
「なるほど。そういうことか。それなら簡単だよ。勇気を持つことさ」
アドバイスをするフロドにフェンは、勇気? と返す。
「うん、勇気。正確には立ち向かう勇気だね。だけど、なんでもかんでも向かっていくのは勇気じゃない。人はそれを無謀と言う」
「おい、フロド。なんで俺を見るんだよ」
チラッと目線を配られ、激怒するグリーズ。
「立ち向かう勇気だな。分かった、ありがとう……ございます」
「うん、良い返事だ。素直なのは、良いことだよ。何処の誰かみたいに言う事を聞かないのは、駄目だからね」
「あん? それは俺のことを言ってるのか、フロド」
睨むグリーズに、何のことだい? と惚けるフロド。
「さて、あとは君次第だ。少年」
「なんだか知らねぇが、頑張れよ。少年」
二人の冒険者達は森の中へと消えていった。
「立ち向かう勇気……か」
フェンは、目を瞑るとよしっ!と呟き再び目を見開くと、その瞳には覚悟の光が纏っていた。