出会い
「今日も良い朝だ。冒険日和だな」
「フェン、今日はカール叔父さんの手伝いがあるから冒険は無理よ」
少年が伸びをして外に出ようとすると、彼の母親に止められる。
「ええー!? 叔父さんの手伝いって、畑仕事だろ? 嫌だよ、俺はヴィレムの森で修行して、いずれは世界を旅する冒険者になるんだ」
「ワガママ言わないの。貴方に冒険者なんて無理よ。お父さんを見なさい。旅に出て、未だに帰ってこないじゃない」
駄々をこねるフェンに母親は叱りつける。
「世界中を旅してるんだから、直ぐに帰って来れないのは、当然だろ」
「それなら、村にいて畑や狩りの仕事をしてもらった方がまだマシ。お父さんを見習わないのよ」
母親の言葉に嫌そうな顔をするフェンは、堪らず部屋を飛び出した。
フェンは、背中越しに彼の母親が自分を呼ぶ声が聞こえていたが、無視しその足でヴィレムの森へと向かった。
<ヴィレムの森>
ヴィレムの森は、フェンが住むヴィレムの村から東に位置する大きな森。フェンは、その森に足を踏み入れていた。
「人のやりたいことくらい、自由にさせて欲しいよ。それに畑仕事より、こっちの方が楽しいし」
フェンは意気揚々に奥へ進む。そうして進む中、突然腰に付けていた短剣を抜く。
「そろそろ魔物が出てくる頃だし、警戒しておくことは悪くないよな」
右手に短剣を持ちながら、更に奥へと進む。すると、草陰から青い何かの影が飛び出してきた。
「キィィィ!!」
「またスライムかよ。勘弁してくれよ。たまには別の魔物と戦いたい」
青色でゼリー状の魔物を見て落ち込むフェン。その行動が癇に障ったのか、魔物はフェンに向かって突進してきた。
「はいはい。その行動も見飽きたよ」
フェンは溜息を吐きながら、魔物の突進を躱すと同時に短剣で一撃を加える。魔物は悲鳴を上げて、消滅した。
「さて、次こそは強い魔物が出てくるといいな。強くなる為には必要だから」
少年は意気揚々に再び歩き出す。
フェンが森の中へ進んでから、だいぶ時間が経った。
「そろそろ湖畔か。一時休憩にしよう」
フェンは休憩の為に木々を掻き分け、湖に辿り着くと、驚きの光景に目を見張った。
そこには、水浴びをしている裸の金髪少女の姿が、あった。
(……あれ? こんな所に妖精なんていたっけ?)
あまりの出来事に、その少女が人間であることを理解出来ないフェン。辺りは静寂が支配していたが、少女の叫び声で状況は一変する。
「――っ!? なんだよ、いきな――りっ!」
「……動くな。動けば、このナイフで貴様の首を掻っ切る」
驚くフェンは首筋に突き立てられたナイフを見て更に驚く。
(……いつの間に、俺の後ろに)
フェンも動けば、死ぬ事は言われずとも嫌という程体で理解出来ていた。
「ユミル! 止めて」
「しかし……」
少女の言葉に困惑する女性の声。フェンは後ろにいるのは、女性であり、名がユミルである事を理解した。
「これは事故。だから、武器を仕舞いなさい」
「……ご命令とあらば」
少女の言葉に女性は、フェンの首筋に当てていたナイフを彼の首筋から離した。
「ふぅ、寿命が縮むかと思った」
「あの……悪いけど、後ろ向いてくれる?」
「えっ? なん――でぇ!?」
安堵したフェンの首筋に再びひんやりとしたものが当たる。
「目を閉じるか死ぬか選べ」
「目閉じます!」
死にたくない一心で力強く目を閉じるフェン。
「……そのまま後ろを向け」
ナイフのひんやりとした感触が消えたフェンは言われた通りに180度反対に体全体を向けた。
「目を開けろ。だが、後ろを向いたら貴様の命は無いと思え」
フェンは力強く首を縦に振ったのち、目を開ける。木々が見える。少女は後ろだろう。だが、今振り向いたら殺されると感じ、目の前の木々を黙って見つめていた。
「もういいわ」
「こちらを向け」
少女と女性に促され、フェンは今度はこっちを向けか。と溜息を吐きながら、少女の方へと体を向けた。
振り向くと白いドレスを着た少女と少女と同じ金色だが短髪で黒色の短パンに同じく黒色のニーソックスを太ももまで履いていた。上半身は黒色のシャツの上に蒼色のパーカーという服装の女性。
小さい少女と背の高い女性。まるで親子のように見えた。
「なんか、高そうなドレス着てるな。どこかの金持ちのお嬢さんか?」
「言葉に気を付けろ」
「ユミル!」
フェンを窘める女性。その女性を制止させる少女。ユミルと呼ばれる女性は、しかし!と反論するも目で制されて口を噤んでしまう。
「失礼いたしました。私はレアーダ――レアーダ・フローレシアです」
少女は名を名乗ろうとして一瞬黙ると、すぐさま名を名乗る。
「なんで一瞬黙っ――!?」
「詮索は命取り。これ以上は命が惜しいなら続けろ」
再びナイフを首に当てられ、冷や汗を掻くフェン。
「ユミル、やめなさいって言ってるでしょ」
「……承知しました」
レアーダに咎めれ、渋々頷くユミル。
「自己紹介の続きね。彼女はえっと……」
「私はユミル・ブリュンヒルデ。レアーダ様の付き人だ」
「付き人ねぇ。じゃあ、その子は金持ちのお嬢様ってとこか?」
フェンの一言で二人は驚きの表情のまま、黙ってしまう。
「なんだ? そんな高そうなドレス着てて、付き人がいるんだから金持ちなのは分かるだろ? それをなんで驚いてるんだよ」
「いや、すまない。あまりにバカそうな顔つきだったので、頭の良さそうな発言に驚いてしまった」
首を傾げるフェンにユミルは頭を下げて謝った。
「なんか、褒められてない気がする」
「いえ、褒めてますよ。鋭い観察眼だな。と」
疑いの目で見るフェンにレアーダが褒め、ユミルが頷いていた。
「んで、金持ちのお嬢様がこんな所に何しに来たんだ? 金持ちが好きそうな娯楽は無いぜ」
「はい、お散歩です」
レアーダの答えに目を丸くするフェン。
「金持ちのお嬢様が、魔物がいる森に散歩しに? 怪しいな」
「貴様こそ、その魔物がいる森に何しに来た」
問い返されるフェンは、修行だよ。と返す。そんなフェンの答えを聞かず、二人は何やら顔を互いに近付け、小声で話をしていた。
「2人してコソコソと内緒話して、怪しいな」
「――あっ! ごめんなさい。私達、もう帰らないと行けないの。またね!」
レアーダとユミルは足早に駆けると、フェンが来た道とは反対の森の中へと消えていった。
1人残されたフェンは呆然と立ち尽くしていた。