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守り神は祟り神

作者: 天鳥そら

なろう企画、夏のホラー2019に参加しました。

ホラーが書けないので、ホラーっぽいお話です。



この春から私立病院で看護師として働き始めたばかりの春田良子。夜の病院もなんのその鼻歌を歌わんばかりに暗い廊下を歩いていました。小さい頃からの夢は看護師さん。大きな病院の上から下、右から左、夜勤だろうが3日間徹夜だろうが医療職者として働くことを夢見てました。

夢が叶って早二ヵ月。まだまだ叱られることも多いけれど、患者さんにありがとうと言われるとやる気のでる良子です。ただここ数日の間に気になることがありました。

夜の照明が落ちた廊下を歩いている時、誰かに見られているような気がしたのです。最初は気のせいだと思いました。気のせいというには視線が強く、いつまでも自分を追いかけてくるようで気味が悪いと思うこともしばしば。


「参ったな。病院だからある程度仕方ないと思っていたけど、本当に幽霊に会うのはなぁ」


良子は看護師です。生きている人間を死の淵から救う手伝いはできても、亡くなった方は冥福を祈るしかありません。同じ学校に通っていた看護師の卵や先輩たちが、夜の病院の話をするのを聞いていましたが、良子は全部聞き流していました。何より看護師の夢を叶えるために、苦手な勉強をするのに忙しかったせいもあります。良子の志望した病院が国際色が強いので、英会話もできるようにと言われています。英会話のレッスンにもうなっていました。幽霊談のことを気にする余裕はこれっぽちもありませんでした。


「早く戻ろう」


非常灯の緑色の明かりが点滅する中、歩調を早めると、ありがとうと声が聞こえました。良子は誰だろうかと思って振り向きます。声音はしわがれたおじいさん、もしや病室を抜けて迷子になったのかもしれません。


「どうしましたか?」


良子が振り向いても誰もいません。ふと壁の方に視線を向けると、昼間なら明るく光る白い壁にぼんやりと人の顔が浮かび上がっているのが見えました。いつもありがとうね、しわがれた声がもう一度響きます。良子は壁から目が離せませんでした。ぼんやり浮かび上がったのはおじいさんの顔でした。しわくちゃの顔が広がって笑っているように見えたものの、あまりに不気味です。良子は声を上げることもできず、その場にばたりと倒れました。



良子が目を覚ましたら明るい白の蛍光灯に照らされていました。そばで誰かがあれこれ話しているのが聞こえます。何度か瞬きをして、すぐに自分は治療室に運ばれたのだと理解しました。


「も、申し訳ございません!」


慌てて起き上がる良子にそばにいた看護師や医師が目を丸くして、気分は大丈夫かとあれこれ尋ねてきました。患者さんの役に立つはずの医療職者である自分が、こうして治療室に運ばれるなんて情けなくて仕方ありません。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせると、年かさの看護師さんが迷ったような顔をして口を開きました。


「春田さん、もしかして体調崩してた?」


「いえ、体調はまったく悪くありません」


これは本当でした。自分でも何で倒れたのかと、しばらく考えます。おじいさんの顔が壁から浮き上がって見えたのを思い出して身震いしました。暗かったのに、おじいさんの顔がくっきりと壁に浮かんで見えました。今さらながら、怖くなってきた良子です。年かさの看護師が迷っている横で、あっさりとした口調で医師が言いました。


「春田さん、もしかして、みたんじゃんない?」


「医院長先生!」


看護師さんが叱るような声を出しましたが医院長先生はやめません。


「壁からぬうっと、おじいさんの顔が浮かび上がり、春田さんに……」


良子はわっと声を上げました。幽霊のことなんか気にしたこともなかったのに、いざ自分がみてしまうと、そのことばかり考えてしまいます。良子は今まで幽霊を見たことも声を聞いたこともありませんでした。


「医院長先生、ちゃんとお話して下さい。春田さん、怖がってるじゃないですか」


ごめんごめんと笑って、医院長先生が良子の方に向き直ります。医院長先生がわざわざ自分に話をしてくれるのです。良子は緊張で体を固くしました。


「あれね、うちのおじいちゃんなんだ」


「へ?」


良子の素っ頓狂な声に医院長先生が、ゆっくりと丁寧に説明を始めました。


医院長の祖父はこの病院で働くことはなかったものの、この病院と患者さん、職員に対して深い愛情を持っていました。死んでからも成仏せずにこの病院を守っていることを良子に伝えます。


「それって、地縛霊ってことですか?」


「は、春田さん」


年かさの看護師が良子の言葉に驚き慌てます。良子も自分がひどいことを言ったと思って、すぐに謝りました。医院長先生は良子と年かさの看護師に笑って手を振ります。


「そうだよね、そう見えるよね。最初はみんなそう思ったんだよ」


何か未練があって成仏できないのかもしれないと、あらゆる伝手を使って霊能者に相談しました。イカサマ霊能者もいたので苦労はしましたが、やっとおじいさんがこの病院にいる理由がわかりました。


「祖父はね、この病院の守り神になるらしいんだ」


「守り神って、守り神、なれるんですか?」


ただの人間の幽霊が、愛する病院を守るために神様になる。昔話やおとぎ話にでてきそうなお話です。良子は首を傾げました。


「時間はかかるみたいだけど、何だかそういう契約ができているらしいよ」


「誰と契約するんですか?」


「そりゃ、神様とだよ」


医院長先生の当たり前だろといった口調に驚き、良子は年かさの看護師の方を見ました。


「私も信じられなかったけれど、どうもそうらしいのよ。夜の見回りをしていると一緒についてきてくれるのよね」


良子はありがとうと言われたことを思い出し、あのおじいさんは自分のことを応援してくれていたのかと納得しました。


「祖父が見えるのが嫌ならそう伝えるといいよ。仕事の邪魔をしたいわけじゃないからね。それともこんな病院辞めたいかい?」


良子はしばらく考えました。悪さをしないなら幽霊が出ても怖くありません。こうして説明されれば不気味さが和らいで気持ちが楽になりました。そして良子はこの病院での勤務を辞める気はありませんでした。


「大丈夫です。突然で驚いただけなの、慣れれば大丈夫です」


「そっか」


院長先生はほっとしように息を吐いて、医院長室に戻ると笑いました。年かさの看護師も良子に落ち着いたら仕事に戻るようにと言って、自らも自分の仕事に戻ると表情を改めます。年かさの看護師は急いで部屋を出ていきましたが、医院長先生はふと立ち止まり、良子の方を振り向きました。


「君は若くて優しい、患者想いの看護師だ。仕事ぶりを見ていてもわかるよ」


「あ、ありがとうございます」


何が言いたいのだろうと思いながら、良子は頭を下げました。


「ただね、この病院に悪さをするような人間には、どうも良くないことが起こるらしいんだよ」


医院長先生が眉をひそめて、顎に手をあてさすります。ごましお頭に、メガネをかけた柔和な顔が困ったように歪みました。


「以前にうちの病院が嫌がらせにあった時、その嫌がらせをした病院がつぶれたんだよね」


「え?」


「神様は祟るっていうからさ、何かおかしなことがあったら教えてよね。祖父が何かする前に、何とか対処できないか考えるから」


ウィンクして医院長先生は部屋を出ていきましたが、良子はしばらくの間ベッドの上で呆然としていました。



だって、あれは向こうが悪いんじゃない



良子の背後で何か聞こえた気がしましたが、良子はあまり気にしないことにしました。




読んでいただきありがとうございました。

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