第8話 ああああ、名付ける
「ありがとうございます! ありがとうございます! 本当になんとお礼を申し上げればよい事やら……本当にこの度は大切な指輪を取り戻していただき感謝いたします! 《ああああ》様!」
「いやあ、あははは。そんな大げさな……」
帰った途端めちゃくちゃ感謝された。
それこそまるで水飲み鳥みたいにおばさんは感謝の言葉と何度も俺に向けて頭を下げてくれた。
傍から見れば何か誤解を招きそうなぐらいに、
「それに、そんな傷だらけになられて。きっとスライムだけじゃなくてさらに狂暴なモンスターがいたんでしょうね……申し訳ありません」
ああ、いえ大丈夫ですよ。
そのスライムにボコボコにされましたから。
もう少しで教会送りになる所でしたから。
「ピィ! ピピピィ! ピピピピ!」
「あら? そちらのスライムは一体?」
「ああ、このスライムは井戸の中で会ったんだ。それで落ちてきたおばさんの指輪を返そうと大切に守っていたんだ。なっ、そうだよな?」
「ピィ! ピピピィ!」
「あらまあ! この子が私の指輪を? それではお礼を言わないといけませんね。ありがとう優しいスライムさん。確かになんだか普通のスライムと違って愛嬌がある表情をしている気がします」
「ピピィ、ピピィ!(わーい! わーい!)」
ほっ……良かった。大きな騒ぎにならなくて。
助けて付いて来てくれたはいいものの、俺がいるとはいえモンスターがいきなり井戸の中から出てきたとあっては問題になりかねないからな。
「ピイ! ピピイ!(く、くすぐったいの!)」
「うふふ、可愛い子ですこと。《ああああ》様、このスライムさんは何て言っているんですか?」
「くすぐったくて喜んでるみたいだ」
「あらあら。それならもっとくすぐってあげましょう! それぇ、おばさん得意のくすぐりよ!」
「ピィ、ピピピ!(うわ、すごく上手いの!)」
だがまあ今のこの平和な感じを見ると、そんな問題は杞憂で済みそうだな。
おばさんに関してもこの女の子スライムに関しても今じゃすっかり子供同士のじゃれ合いみたいな雰囲気になってるしな……それに――
「見て! あれ《ああああ》様じゃない?」
「おおっ、本当だ。さっき国中の掲示板に張られた世界の救世主! 魔物使い《ああああ》様だ!」
「それに見てみろ! 幸先よくいきなりスライムを仲間に加えたみたいだぜ。しかも主人に似て優しくて可愛い顔してるぞ! わっはっはっは!」
「お母さん、私もあのスライム触りたい!」
なんか色々と尾ひれがつきまくってはいたが……ひとまずはおばさん以外の人達の様子も同じ。
誰もこの子を警戒する素振りを見せずに、一種のアイドルみたいにすらなっていた。
「よし、まずはこれで問題は解決か……」
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ムグムグ……ごくん。ねぇねぇ?」
「うん、どうしたんだ?」
「貴方って本当に魔物使いなの?」
城下町の広場、木製のベンチの上。
彼女はおばさんから貰ったこんがりと焼けたパンを口に含みながら尋ねてくる。
「ああ、どうやらそうらしい。まあまだ冒険も始めたばっかりでこの職業能力ってのも知らないド素人な魔物使いなんだけどな……」
そのせいでスライムに屠られたからな。
ったく、俺本当にこんなんで魔王配下の魔物と太刀打ち出来んのかよ? まだ信じられ――
「その……私ね。聞いた事があるの」
「うん? 聞いた事があるって、何を?」
「魔物使いのお話。昔お父さんから毎日のように色んな事を聞いてたの!」
「へぇ、どんなお話だったんだ?」
おっ、丁度いい。この子に教えてもらおう。
俺もまだこの職業について完全無知だしな。
ここは何か役立つ知識が欲しいところだ。
「えっとね……なんでも魔物使いの人と一緒に冒険したモンスターっていうのは他のモンスターとは圧倒的に違う成長、それこそ別格の強さを持つ【すんごいモンスター】になるって話なの!」
「なるほど、すんごいモンスターか」
うーむ、色々と興味深い話だな。
俺が知ってる似たゲームで言うなら敵として出てきた時は何も特技を持っていないが、仲間になり成長すると次々に強力な技を覚える的な、
(序盤で出てくる癖にしっかり成長させれば強い呪文とか回復を覚えて、尚且つステータスも限界まで上がるみたいな感じか。ほほぉ、ますます育成ゲーム染みてきやがった……)
「そ、それで……ね?」
「うん? なんだ?」
「一つ、お願いがあるんだけど」
あれ? なんだろ、一体どうしたんだ?
パンを完食した途端にモジモジし始めたぞ?
まさかトイレ……なんて言ったらぶたれ――
「もし迷惑じゃなかったら私もその冒険に連れて行ってほしいの! それに助けてもらった恩返しもしたいし。何より貴方の助けになりたいの!」
すると、思いがけない発言だった。
しかもそのまま俺に彼女は続けて、
「それに……私強くなりたいの! 確かに私は女だけど、それでも強くなって色んな人を助けられるくらいになりたい! それも男の人なんかに負けないぐらいにずーっと強くなりたいのっ!」
彼女は勇気を出してその水色で丸い弾力ある体をプルプルと震わせて、俺に向けて叫んだんだ。
きっと言動的に弱っちい種族のスライムだからとか、女の子だから弱いとかの理由で嗤われるとでも思ったんだろう……だが俺は、
「お前はそれで本当に良いのか? こんなスライムにも勝てないクソ雑魚が主人でも……」
そう殆ど了承のうえで敢えて尋ね返した。
女の子にここまで大胆な事を言わせておいて断るなんてのは日本男児として気が引けるが……一応この先を考えて、互いに後悔はしたくない。
だからこそ俺は最終確認として彼女に尋ねた。
「うん! それでも私は貴方に付いて行くよっ! だって貴方は優しいニンゲンだもん!」
すると彼女はそう明るい表情で返してくれた。
いや……それよりも今のはヤバい! 可愛い!
今すぐモニュっとしたい! 顔を埋めたい!
女の子じゃなかったら触りまくりたいぃぃ!
「ごほん。分かった、一緒に行こう!」
「わーいわーい!」
おっと……いかんいかん。深呼吸、深呼吸。
加入直後からセクハラしてどうするんだ!
よし、とりあえずは何か話題を逸らして、
「よ、よし! じゃあそうと決まればまず呼び名だな。このままスライムってのもあれだし。もっとこう可愛らしくて呼びやすい名前はっと……」
「わくわく! わくわく!」
そんな分かりやすくワクワクしないでくれ。
あとそんなキラキラした目で見ないでくれ!
男キャラならともかく、可愛い女の子の名前なんか今まで殆ど付けた事ないんだからさっ!
「うーんスライム……スライム……スラリン……スラリ……おっ、【スラリーナ】ってのはどうだ? あんまりネーミングに自信無いけど、一応女の子らしい感じがすると思うんだが、どうだ?」
「スラリーナ、スラリーナ……うん! 可愛くて良い名前なの! ありがとうマスター!」
ははは……マスターか、なかなか良いな。
あの《ああああ》よりはずっと嬉しいぜ。
「スラリーナ! 私はスラリーナ!」
「こら、あんまりはしゃがないの!」
さて、まあともかくだ。
俺はこうして色々みっともないザマを晒したりしたが、どうにか無事に指輪回収とこの表情豊かな可愛い女の子を助ける事が出来たんだった。