第39話 ああああ、死に物狂いで逃げる
恐らく人生最大の運動だったと思う。
「デスア~マ~、牢屋にいた筈の侵入者が逃げたどぉ! 何としても捕まえるんだど! しかもオラの大切な日記を見た以上、絶対にここから生かして出すワケにはいかないんだっぺっっ!」
「ひいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ! ヤベェ!」
「マスター遅れてるの! もっと早く!」
「ああ、分かってんよ!」
不死身とされたデブーンの弱点。
もといその本体が潜む場所を知った俺達だったが……残念ながらそのまま本体の元へ無事訪問などとそうは問屋が卸す筈も無く、
「「えっ!? なに脱獄者だト!?」」
「「うおっ、本当なのダ! 俺達が牢屋にぶち込んだ筈のあのニンゲン共が逃げていル!」」
「「急いで追いかけるなのダ!」」
「うっわ!? また追手が増えやがった!」
「増えても関係ないの! 逃げるの!」
俺達がデブーンの情報を得た直後。
それこそまさに悪魔が示し合わせたかの如く、怪しまれないように後片付けをして退室しようとした矢先に……まさかの本人様とのご対面!!
おかげで俺とスラリーナはこの文字通り命を賭けた【賭競走】に興じる羽目となり、現在も心臓バクバクアドレナリン全開で足を動かし、ケツを追いかけてくる敵さん達から逃げているっ!
「こら逃げるなぁ! 待つんだどぉ!」
「「「逃げても無駄だ! 止まれぇ!」」」
「うにゅにゅう……敵さん達ってば思っていた以上にしつこいの! もう最上階からここまでずーっと諦めもせずに追いかけてくるなんて! 私達はあの人達を助けてあげようとしてるのに!」
「はあ……はあ……まあ無理もねぇだろ! あの兵士長のモンスターが言った通り、いくら嫌々従っているとはいえ主の命令には逆らえないんだ。だからたとえ真実を話したとこで無駄だ!」
そうだ。俺達が今出来る事はひたすら逃走。
脱獄&再潜入がバレてこんな窮地に陥ったとしても、最後の目的は何も変わらねぇ!
「おい起きろお前ら! 敵だゾ!」
「さっき捕まえた奴らが脱獄したんダ!」
「早く武器をもって追いかけロ!」
なんとしてでもあのボス&取り巻きの団体さんを撒いてデブーン本体のいる【古びた教会の地下】に向かって倒す。それだけだ!
「マスター! 私の灼熱炎は!?」
「ダメだ! 追手の数は減らせるだろうが、どのみち攻撃をものともしないあの不死身状態のデブーンが控えている時点で追い付いて来る! それに灼熱炎を打つ溜めが致命的だ。その隙にもしもお前が捕まればそれこそ一環の終わりだ!」
そう。逃げ切って本体を倒す。
たったそれだけの筈なんだが……、
(はあ……はあ……だ、だがしかし。くそ……流石にこのままの勢いじゃ……)
「くっ!? や、やべぇ……畜生」
「えっ!? ま、マスター!? スピードがどんどん落ちていってるの! 大丈夫!?」
(うぐぐ……)
どこで読んだか覚えてはいないが、人間が全力疾走できる限界距離はせいぜい400mとされるらしい。
まあそれこそ個体差こそあるだろうが、この制約ばかりは人間である以上は野球選手だろうと陸上選手だろうと肉体の限界を超える事は出来ない。
(さっきから足と腎臓がいてぇ……もう限界か)
そして勿論。その制約は俺にも適用される。
見つかった当初こそどこぞのメタルみたいに闘争本能ならぬ【逃走本能】に基づいて瞬発的に何も考えず全力で走れてはいたんだが……
「どっふっふ……どうやらスピードが落ちているみたいなんだっぺ。やっぱり人間の足ではオラのこの広いお城から逃げ切るのは不可能なんだどぉさあデスアーマー達、早く捕まえろぉ!」
「「「アイアイサー!」」」
うっ……くっ! くそう……。
ようやく玄関が見えるこの二階の通路まで逃げてこれたってのに! ついに連中が距離を詰めてきやがった!
もしもあの鎧兵が全員人間だったら一緒にバテていただろうに……やっぱりそこは無尽蔵なスタミナを持つモンスターとの差ってワケかよ。
「ま、マスター!」
スラリーナがそう泣きそうな声を向けてくる。
ったく……情けねぇ。マスターであるこの俺がしっかりしないでどうすんだ。
「ぜぇぜぇ……大丈夫だスラリーナ」
だけど今は走る以外に打開策は無い!
それに距離こそそれなりに詰められちまったが……今の刹那に少し休んだせいか楽になってきたからな。もうひと踏ん張り頑張るとしよう!
「大丈夫だから。早くお前も逃げ――」
「ううん……違うのマスター。ほら、少し前に牢屋で優しい兵士長さんがくれたあの【煙玉】を使おうって言おうとしたの。もしかしたらこのピンチを切り抜けられるんじゃないかと思って……」
「けむり……だま?」
「でゅおおおお! もう少しだっぺ! あと少しであのニンゲンどもを捕まえられるどぉぉ!」
あっ、そうか。そういや逃げるのに必死で今まですっかり忘れてたけど……俺は万が一の時用にってこの雪玉みたいな煙玉を預かってたんだった。うん、ならば今がその万が一の時だな!
「よし、それじゃあもう一か八かだ。あの兵士長が援護に来てくれる事を祈って思いっきり地面に叩きつけてやる! いくぜスラリーナ!」
「うにゅ! いっけぇぇぇぇぇぇ!」
「うんんっ!? あのニンゲン一体何を――」
「テメェらこれでも喰らえ! 煙玉っ!」
そうして俺はここぞと言わんばかりに投下。
勢いよく自分の足もとへ煙玉を叩きつけた!
―― ―― ―― ―― ―― ――
ボヴァァァァァンンッッ!!!!
「グギュゴッ!? こりゃ何だっぺ!?」
「「「「「ぐわっ!? 何ダ!?」」」」」
「「「ゲホゲホッ! これは煙幕!?」」」
炸裂。
俺が力いっぱいに床に煙玉をぶつけた直後。
まるで爆発の様な破裂音が鳴ったと思えば、
「ひそひそ……大丈夫かスラリーナ?」
「うん……大丈夫だよマスター。でも――」
「ああ……想像してたよりすごい範囲だな」
モクモクと白煙が今もなおこの空間を支配。
そして肝心のその範囲だが……あちこちから聞こえる兵士達の反応だと……、
「「うげっ!? 何だこの煙は!?」」
「なんか二階からデブーン様の声となんかの破裂音が聞こえたと思えば……ってか何も見えん! なんだコックン達が料理に失敗でもしたカ!?」
どうやらこの空間中を完全に支配したらしい。
だが、この凄まじい煙幕が俺達を優勢にしてくれたかというと……現実はそこまで甘くなく、
「スラリーナ。俺の姿見えるか?」
「ううん……声だけで分からないの」
「……そうか」
そうさ、俺達だって敵さんと同条件なんだ。
この深い煙の中にいる以上。視界は全て白に染められ数メートル先の状況……いやそれどころか隣にいる筈の相棒の姿すら俺はまともに確認する事が出来なかった……つまり、
「ゲッホ! ゲッホ! 全員落ち着くんだど! 所詮は煙だっぺ! 時間が経てば薄れてくるんだ! だから大人しくここで待機するんだど!」
「「「おっ……おお!」」」
「「「了解です!」」」
(けっ、こんな時に限ってあの間抜け悪魔は頭がキレやがる。バカなのか賢いのか分かんねぇな)
そうだ。悔しいが今のデブーンの助言通り。
煙だって気体と同じなんだから入れ替わりが激しいしそれにこのフロアが各所に窓を設けてあるせいもあってか、確実に抜けていってしまう。
(さあて、ここからどうすれば――)
「デブーン様っ!」
「うぬぬっ?」
おっ……この女性の声はまさか。
「おお、その声は【アーマーリーダー】だっぺか。今までどこに行ってたんだどぉ!?」
「はい。実は私も先程牢屋のほうに赴きまして……その時に捕えた二名の脱獄を確認し、今騒ぎを聞きつけてこちらへやって来た次第なんです」
「んおお……そうだったのか~」
ああ、そうだ間違いない!
姿こそ確認出来ないがあの女性兵士長だ。
約束通り煙玉炸裂直後に援護に来てくれた!
でも……どうやって俺達を逃がすんだ?
「デブーン様。そして我が同胞達。この煙幕は我々の目を欺くための罠です。脱獄者たちは外へ逃げると見せかけて【三階】へ向かったようです。今しがた煙の中を突き抜けていくのを見ました!」
ああ、なるほど。
滅茶苦茶単純な手だな。
「そうか、三階なんだな~。でもこんな深い煙の中だと前も後ろも分かんないんだどぉ……」
「ご安心ください。私が把握しております。ですので私の声に従ってついて来てくだされば大丈夫です! 同胞達も同じようにな!」
「「「はい! 了解しましタ」」」
「「「いざニンゲンが向かった三階へ!」」」
混乱に乗じて偽の情報を投じて攪乱。
確かに俺達の声も届かず、視界が見えない以上堂々と敵の姿を見たという彼女の言葉に釣られるのも無理ないか……よし、助かった!
「こちらです! こちらが三階への――」
「よしよし。今行くんだどぉぉぉぉ――」
と……まあこうしてどうにか。
「マスター……煙が。それに本当にあの兵士長さんがいなかったら今頃、私達は敵に――」
「ああ、かなり危なかったな。だがおかげで脱出への道は出来た。後は上手く一階の兵士達に見つからないように出て古びた教会へ向かうぞ!」
「うにゅ! 了解なの!」
彼女の上手い誘導のおかげか追跡してきた全員の声が次第に遠くなり、同時に空間を包んでいた煙が晴れていく中で俺達は一階へ歩を進め、そのままこの城の脱出後にデブーン本体を倒すべく、教会跡地の場所へと向かうべく足を速めたんだった。




