第38話 ああああ、見つかる
ひどく汚い字だった。
「えーっと……それで次が――」
「うわあ、ここも随分汚いの……」
宝箱の中から拾い上げたデブーンの日記。
俺はその中に何か奴を倒す秘密がある事を信じ、隣に座るスラリーナへ朗読する形でどうにか判別できるページを捲り読んでいった……だが。
「〇月□日。今日は大好物のブドウ酒をいっぱい飲めたんだどぉ。でも飲み過ぎて眠たくなったから。オラはもう寝る事にするどぉ……ってまたこんな内容かよ。さっきからずっとだぞ……」
「うーにゅ。私の方がもっと綺麗な字でもっとマシな日記を付けられるの! これは全然ダメ!」
と……こう言った具合で。
スラリーナも思わずダメだしをしてくる程にデブーンの日記の内容は杜撰と言うか、日記と呼ぶにはあまりにもお粗末な点も数多く、
『〇月×日。お腹いっぱい、寝る。』
『〇月△日。今日は平和だった。』
『×月〇日。今日はお肉が美味しかった。』
『×月□日。今日の献立は最高だった。』
酷い時はこんな具合に日は飛び飛び。
さらに中身に関してもツイッター程度の些細なつぶやきレベルが大多数であり、役立つどころかこのくたびれた日記から発せられる匂いでストレスが溜まってくる始末だった。
けれども?
「うにゅ? このページ……珍しくたくさん文字が書いてあるの。それも次のページにまで」
「ああ。それにかなり最近の日記だ」
それは読むのが若干ダレ始めた頃だった。
ページ数としては大体折り返し地点の辺り。
そこには今までのやる気の無い内容が嘘の如くビッシリと文字が敷き詰められており、スラリーナも注目する中で俺はやる気を出し朗読を再開する。
「えーっと……どれどれ――」
さて。今度はどんな事が書いてあるのか。
今度こそ役立つ情報であれば良いんだが――
『◇月△日。今日も大丈夫だった……誰にも見られなかったっぺ。いつも思うんだけんど、この時だけは毎回すんごい緊張するんだぞぉ。このボディに蓄えた食べ物を本体であるオラの所に運ぶこの時だけはすんげぇ緊張するんだっぺ!』
うん、なんだ? 妙な記述だな。
本体であるオラの所って……何の話だ?
「うにゅ、マスター。読むのを続けるの」
「あっ……ああ。途中で止めて悪かった」
「その部分が気になるのは分かるけど、アイツが戻ってくる前に読まないとダメなの」
「うん、その通りだな。よし続き読むぞ」
「うにゅ!」
いかん……確かにスラリーナの言う通りだ。
今は気にしても仕方ない。それよりも大切なのは一刻も早くこの怪しい情報の詳細を突き止める事だしな。幸い内容はそこまで長くはなさそうだしこの重要なページを読み切ってしまおう。
(えーっと……この先はっと。どれどれ?)
『でもオラってば本当に頭が良いんだどぉ。自分でも天才だと思うんだどぉ。ほら、これってなんていうのか、確か天才って……ジェネシスだっけ……ジェントルだっけ……レジェンドだっけ……まあとにかくオラは天才なんだど!』
うん、全部意味間違ってるけどな。
天才はジーニアスだ、間抜け。
まあこの世界で英語が通じるか知らんが――
『だから……誰も気が付く筈はねぇんだっぺ。リッツァーニャの奴らも、兵士のデスアーマー達も。弱っちいオラがあの古びた教会地下からこんなに強い不死身の肉体を操ってるなんて……永久に誰も知る事は無いんだど! 流石は天才だ!』
へぇ……なるほどなるほど。
俺達が見たあの巨体悪魔の姿はいわば不死身の特性を持ったいわゆる身代わりで。デブーン本体は俺達が荷車で運ばれる道中にあった古びた教会の地下で潜んで、今もあの身代わりボディを操ってると……ほおほお……それは中々に興味深い――
って、うん!?
「んなっ!? なにぃ!?」
「にゅにゅにゅっ!?」
おいおい……まさか!?
あまりにあっさりとそんな事が書いてあったもんだから、軽く流しそうになっちまったが、
『う~ん。やっぱりオラは天才だっぺ。ふわあああ、今日はいっぱい文字を書いたから頭が疲れたどお……後は絵本でも読んで寝るんだどぉ』
「……これでこの日の日記は終わりか。それでここから先は白紙か。いや、それよりも……スラリーナ、俺の今の朗読ちゃんと聞いてたよな?」
「うにゅ。とてもあっさりと入手しちゃってまだ信じられないけれど……ちゃんと聞いてたよ」
俺達は知る事が出来た……。
不死身とされる奴の秘密を。
「よし、それじゃあ後片付けに移るぞ。俺はこの日記はまた宝箱の中にしまって周囲を片付けるから、お前は本棚の整理を頼んだ。あと脱ぎ捨てていたコック服も拾っといてくれ。頼んだぞ」
「うにゅ、分かったの!」
とにかくこうして俺達は情報を入手したんだ。
あの兵士長の協力の甲斐あってか当初の目的通り、今回のボスであるデブーンの弱点を握る事が出来た。それに肝心の本体の場所も、
「………………にゅにゅ!?」
ふむ、じゃあ次はあの古い教会の地下だな。
しかし……油断はしないようにしないとな。
こんな所に秘密を記すような間抜けでも、本体は腐っても魔王配下の特殊な力を授かったボスモンスターだ。舐めてかかると返り討ちにされかねない。
「ま、マスター?」
戦闘面はスラリーナに任せるとしてまずは敵のデータを観察。それから攻撃手段の見極めを済ませて、そこから対処法を練ってと。それから――
「その……マスター。お願い聞いてなの」
「うん?」
あれ、一体どうしたんだろう?
なんか俺の背後から片付けに向かった筈のスラリーナの声が聞こえたんだが。それに心なしかやたらと震えてた気が……何か変な物でも――
「どうしたスラリーナ? まさか棚の隙間から虫でも出てきたの……か――」
「お、オメェ達……なんでここに!? なんで牢屋にぶち込んだ筈のニンゲン共がオラの部屋を散らかしてるんだどぉぉぉぉっっ!?」
あ゛っ。
「ぐぬぬぬぬぬぅ……それにオメェが持っているのはもしかしてオラの大切な日記か? って事はつまりオメェ達! み~~た~~な~~!!」
「「ぎゃあああああああああああああ!」」
うわああああああああああっ!?
ヤベェ!! なんてこった!!
まさかの部屋を出る前にご本人と対面しちまった!




