第36話 ああああ、脱獄する
捕縛前。
俺は書庫である書物を見つけた。
デブーンの秘密を探る為に淡々と次々に目を通していく中で、一冊だけ【魔物の王】という興味深い題名に目が行き読んでみたんだ……するとそこにはこうあった。
『王には【忠実な僕】が必要なものだ。それはニンゲンであろうと我々魔族であろうとそこは変わらない。よって寝首を掻くような忠誠心の欠片も無い僕で周りを囲むなど余程の無能な王でもない限りあり得ない事だ』
それは王の在り方についての内容だった。
同じページに記されていた絵に関しても玉座に座る王冠を被った魔物の姿と、それに跪く数体の魔物で構成されており実に分かりやすかった。
それで……次のページにはこうあった。
『そこで、自身に忠義を尽くすと決めた者には以下に記す【主従の契約】をする事を勧める。これは僕が主人への攻撃を不可能にし自在に命令を下せるという契約で、王自身の意思でしか解除する事が出来ないというものだ――』
と……俺はそんな王と部下との主従関係についての記した内容。
および契約に必要な魔方陣の描き方などの情報に興味を持って読んでいたんだった……。
「――ってな具合だ。この城で起こったのは」
そして現在。
彼女が説明してくれた今回の食料事件の経緯について、魔物側からのさらに詳しい説明を纏めると次の二つだった。
「確認の為にもう一度軽く話そうか?」
「ああ、頼むぜ。今度は簡単で構わない」
「よし分かった。ではもう一回――」
まず一つ目。
「……というワケで、私達は元々別の主に仕えていたのだ。だが奴がその主とすげ変わるようにしてこの城の城主となったのだ」
元々この城には【アニマルキング】という別の獣モンスターが城主を務めており、彼女含めた鎧モンスター達は全てそいつに仕えていたらしい。
「あの日の事は今でも忘れていない。あの温厚で立派なお方だったアニマルキング様が……くっ、どうしてこんな事になってしまったのか……」
だが、そんな平穏続いたとある日の夜。
その獣王は護衛もつけず一人でこっそりと出ていった挙句、失踪してしまったそうだ。
それも誰にも伝言を残さずに部屋には『すぐに戻る』という書置きだけを一つだけ残して……。
「それからだ。あの巨悪魔デブーンが我々を支配下に置き、今まで人間達に危害を加える事を好まなかった我々に食料の強奪を命じたのは。だから我々は表面上こそ従っているが、心中では殆どの者が反旗を翻したがっているという事なんだ……」
……そして二つ目。
その城主失踪から数日。
どういった経緯かは不明だが、そのアニマルキングの後釜を狙うようにしてデブーンがこの城の玉座に強引に着き、今も兵士達を欲望のままに動かしているとの事だった。
それも本来ならあの【主従の契約】を結ばないと強引な命令は出来ない筈なのに、奴はその力を持っていると。彼女はそう悔しそうに俺とスラリーナに自分達の事情を語ってくれたんだった。
「という話だ……だから我々には反乱の意思があっても主人としての権利を持つデブーンには逆らえない。だから魔王配下の魔物である奴を唯一倒せるのは君達しかいないというワケだ」
なるほどな。事情は大体分かった。
元城主アニマルキングの失踪。そして主従の契約無しに兵士達を好き勝手に動かせるデブーンの謎ってか……これまた色々奥が深そうな話になってきたな。
「よし、事情は分かった。約束通り協力するぜ」
「おお! 本当か!?」
「勿論だ。俺達もデブーンには用があるからな……それよりも何か弱点的なものはないのか?」
「ふむ、弱点か……すまないが今の所は見当たらない。というより奴は恐らく不死身だ。あれはリッツァーニャという国へ奴が単独で攻め入った時だ。魔王配下のモンスターは耐久性が確かに高いのだが、個体によっては傷を負ったりするらしい。それで奴の場合はそれが顕著で、大量の武器や大砲で色々と傷を負ってはいたんだが……」
……だが?
「奴はどれ程の傷を負ってもケロリとしていた。いやそれどころか、まるで痛覚が無いかのように縦横無尽に暴れ回り兵士達を圧倒していった。奴の正体こそ掴めないがとにかく不死身の能力を与えられたんだと私は睨んでいる……」
ほほぉ……不死身のデブーンってか。
これまた厄介そうな能力を出てきたな。だけど……倒さないといけない以上はそんな無理ゲー相手でもどう挑むかが肝になってくるワケだが――
「そこでだ。この服を使ってくれ」
「うん? あれ……これって」
するとそう俺が色々思案していた中。
彼女は白っぽい何かの衣服を渡してきた。
だが、この見覚えある衣服って確か……。
「ああ、この城で使われている【コック服一式】だ。マスクと帽子を深くかぶれば早々バレる事は無いだろう。さらに現在デブーンの影響で食物重視になったこの城では、料理出来るコックはかなり重要な立ち位置だから怪しまれる事も少ない」
なるほど。だからそのコックに俺達が変装して城内の探索を続けてくれってか。俺達からすればかなりありがたい差し入れだな。
「それから……探索する場所なんだが。奴の部屋を調べてほしい。どうした事か奴は自分の部屋に特殊な結界を張っているらしくてな。従者である私達は入れない仕組みになっているんだ。だからもし弱みがあるのならそこだろう」
デブーンの部屋か。俺達が荷物に紛れていた時に運ばれた最上階のあの部屋だな。確かに大切な物を隠すなら自分の手の届くところに置くのは鉄則だし、アドバイス通りに探ってみるか……。
「オッケー。色々とありがとうな。じゃあ後は俺とスラリーナに任せてくれ。約束通りに必ずデブーンをぶっ倒してやるからなっ!」
「あははは、心強い返事で助かる。ではこれがこの牢屋の鍵だ。コックに変装した後で適当に時期を見て脱出してくれ。それから……これも――」
「? なんだこれ……何かのボール?」
そう言うと彼女は古びた牢屋の鍵と一緒に真っ白い毛玉みたいなアイテムを渡してきた。モフモフとしていて触り心地は良いが……これは?
「それは『煙玉』だ。もしデブーンに見つかった時はそれを何処かに叩きつければ、たちまち周囲は煙幕に包まれて身を隠せる。そしてそれを合図に私も君達の所に救援に向かうようにする」
へぇ、緊急用の備えって感じか。
まあ正直こういうのは使わないに越した事は無いけど……まだ何が起こるかも分かんねぇしな。とりあえず今は保険用に受け取っておこう。
「よし! では頼んだぞ。健闘を祈っている!」
「ああ、そっちもな。万が一の時はデブーンを退けられるように協力してくれよ! じゃあな」
と……まあこんな唐突ではあったが。
俺達はまさかの相手側からの協力要請により、たった一時間足らずで牢屋から出る事に成功したんだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「よいしょっと。後は帽子とマスクで……」
よし、これでオッケー! 完璧だ!
これでどこからどう見てもコックさんだ。
そしてこれで脱獄の準備は万端となった。
(後はスラリーナの方をっと……)
そうして着替え終えた俺は服から漂ってくる魔物っぽい独特の匂いを我慢しながら、衣服を切り替えていたスラリーナの方へと向いた。
「どうだスラリーナ。着替え終わったか?」
「うにゅう。でも何だか少しきついの……」
おっふ……た、確かにきつそうだな……。
特にその豊かな胸の辺りが顕著に……って、彼女のおっぱいばっかりに目をやってる場合じゃなかった!
「その、まあ……なんだ。仮にスライム状態だとこの城に存在しないモンスターって怪しまれるから、このコック姿の方が安全なんだ。だから多少服がきつくても辛抱してくれ」
「うにゅ! 分かったの」
よしよし。偉いぞスラリーナ。
そんじゃあ早速こんな牢屋とはおさらばして、最上階のデブーンの部屋に向かおうっと――
「やあ! 暁斗君久し振り!」
うっわ、折角勢いづいてたのに……。
こんな時にまたアンタの出番なんですか?
「毎回毎回、人の肩に乗って現れる小型命名神様? 今度はどんな煽りを浴びせに来たんでしょうか? 残念だけど今は色々と急いでるんであんまり付き合ってる暇は――」
「いやいや今回は私も急ぎでね、そんな事はしないよ。それよりもどう? もう新しい仲間は作れた? 実は今、仲間玉が切れていてすぐには【娘化】は出来ないんだけど……様子見も兼ねて一度連絡しようと思ってさ。それでどう?」
あれま、こりゃ珍しい事もあるもんだ。
三度の飯より人を煽る事が生き甲斐みたいな神様が仕事方面を優先するなんて。明日は世界を滅亡させるハリケーンでも発生するのかな? まあ……しかし。
「……実はまだ見つかってないんだ。一応神様から貰ったあの共鳴の腕輪は反応してたんだが……どのモンスターかはまだ分かってねぇんだ」
俺はそう肩にいる仕事熱心な神様へ向けた。
まあ腕輪的にはさっきまでは激しく点滅してたんだけどな。まったく一体どのモンスターが選ばれたモンスターなんだか……未だにこれといって手掛かりも無く見当もつかな――
「うん、何言ってんの? 彼女だよ? さっきの【兵士長さん】が君の腕輪に反応してた新しい仲間モンスターなんだよ?」
………………へっ?




