第19話 ああああ、見逃す
さあて……と。
「おおっ! よくぞ戻った《ああああ》殿! 話は既に聞いておるぞ! ワシが依頼した通りに見事あの魔術師の塔を攻略し、略奪された宝石を持ち返り村人たちへ全て返却したと! 実に素晴らしい働きぶりであったな! 礼を言うぞ!」
「あっ……はい……ありがとうございます」
一体全体どうしたものか。
「うむ? 何やら返事に元気が無さそうだが……まあそれは一旦置いておくとして。それで、今回の主犯であったダークマジシャンについて――」
「ギクッ……」
「まあ幸運にも死者はゼロ、兵達も軽傷で済んではおるが、それでも兵士や村人を恐怖させた奴の始末をどうしたのかだけ聞かせてくれるか?」
「あっ、はい……実は――」
俺が独断で行った【あれ】について。
王様にどう言い訳すればいいのやら……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「マスター! 終わったよっ!」
「よし、偉いぞスラリーナ。よくやった」
「えっへん! これくらい造作もないの!」
まさに必殺の一撃だった。
「ま……まさかこんな馬鹿なことが」
「あ、あのダークマジシャン様が……」
「高位呪文を連発できるあのお方が……」
「ほげぇ……ほげぇ……ほんげぇ」
「「「一撃で負けるなんて……」」」
スラリーナが吐いた高火力の吐息攻撃。
その名も【灼熱炎】を正面からマトモに食らったこのボス、ダークマジシャンはあっさりと彼女の会得した技の前に散った。
「うう、なんて事じゃ……このワシが……」
「「だ、大丈夫ですか? マジシャン様?」」
「何かお召し物を持って来ましょうか?」
おかげさまで戦う前に着ていた格調高そうな赤いローブは焼失し、今では見事にすっぽんぽん。
まるで毛を狩られた羊みたいにその老男らしい細く痩せた威厳の無い体を晒していたんだった。
「さあてと。それじゃあ……」
「「「ひいぃぃぃぃぃ!」」」
「見ての通りだダークマジシャン。既に決着は付いただろ。提案通りにうちのスラリーナがブレス技一つでお前を倒した。だから――」
「ふ……ふん! 何が決着だ、ふざけんな!」
「ダークマジシャン様がお前みたいな人間との約束を守るはず無いだろうが! この馬鹿が!」
「そうだ! 今すぐにでもマジシャン様は本気を出して、お前なんか一撃であの世行きだぞ!」
一斉に取り巻きの小悪魔達がそう騒ぎ始める。
ったく、こんな一転攻勢を見せられたのにまだ自分の親分を信じられるなんて大した子分だな。
「そ、それで……なんの用ジャ……」
片や肝心の親玉は子分が慌てて持って来た古びた布を羽織ると、戦闘前にあった威勢など微塵もない状態で俺に目を向ける。
そこで俺は一つ尋ねる事にした。
「村人から奪った宝石の返還は後だ。それよりもどうしてこんな事をしようとしたのか教えろ」
「ケケッ……お前は馬鹿かっ!?」
「そんなのテメェに言う必要ねぇだろうが!」
「ダークマジシャン様。それよりも攻撃――」
「……ジュエリーゴーレムを召喚する為ジャ」
「「「んななっ!?」」」
……だってさ。残念だったな。
お前らよりボスの方が利口みたいだぞ。
「えっと、ジュエリーゴーレム?」
「うむ……ジュエリーゴーレムは我がマジシャン一族に伝わる最強のゴーレムで見た目の美しさは勿論、攻守共に優れたモンスターなのジャ。だからワシはそれを召喚しようとしていたんジャよ」
なるほど、だから宝石をかき集めてたのか。
「それで? 宝石を集めてそんな物騒なモンスターを召喚して何を企んでいたんだ? 王様のいる国へでも侵攻する腹積もりだったのか?」
「い、いや。それは違う」
「じゃあ、何でそんな大それた奴を?」
「た、確かにワシはそれを召喚後にこの近隣の人間共に我がマジシャン一族の恐ろしさを知らしめてやろうと思っておった……しかし真意は違う」
「真意?」
「ああ……本当の目的はワシがその伝説の召喚儀式を成功させ強大なモンスターを操る事で、この魔物界隈で頭でっかちの変わり物として陰口を叩かれておった我がマジシャン一族の偉大さを思いしらせてやろうとしていたのジャ……」
「つまり、一族復興の為に奮闘してたって事か」
「……そう言う事ジャナ。まあ今では魔物使いの人間、そして可愛い女の子に一撃で敗北するジジィに成り果ててしもうたがの……ケッハッハ」
「「「ダーク……マジシャン様……」」」
「さあ、もうトドメを刺すがよい。敗北したワシから魔王様からいただいた力は消えておる。普通のモンスターに戻ったんジャ。脅威ではない」
「お……お前」
「ケッハッハ……なあに、油断しておったとはいえこうも見事に敗北したんじゃ。だったらこれ以上の無駄な抵抗は醜いというものじゃろう?」
「………………………………」
正直、意外すぎる反応だった。
てっきりこういう追い詰められたモンスターって最後の悪あがきと闇雲に攻撃してくると思ってたんだが……どうやら俺の偏見だったようだ。
「マ、マスター?」
すると、そんな俺に続いてその敵の全く抵抗しない堂々とした潔い姿勢に戸惑いを覚えたのか、
「……私、覚悟は出来てるの。それにコイツが悪い奴だっていうのも分かってる。でも抵抗して襲ってくるならまだしも……今は勇気が出ないの。だから、お願いマスター。『命令』……して?」
スラリーナはそう不安そうな声を俺に向けた。
ああ……分からなくもないぜ、その気持ち。
(敗北を認めている無抵抗の奴を殺したくないってことだろ? 安心しろ、そうはさせないさ)
だから俺は彼女の考えを察し、こう言った。
「……宝石を全部返せ。それで見逃してやる」
「「「!?」」」
「よ……よいのか? それで?」
「ま……マスター。いいの?」
「ああ、いいんだ。それに……」
「それに……なんジャ?」
「出発前の王様の話によると死者はゼロで兵士達も軽傷で済んでるらしい。なあ、そうだよな? ダークマジシャン。お前は恐怖を与えるだけで殺害は許可しなかったって、今頃は下の階で気絶してるモンスター達が口を揃えて言ってたぞ」
「ケッハッハ……全く……どこまで。そうじゃ、あくまでマジシャン一族の強さを知らしめるのが目的ジャ。確かに負傷はさせたが、殺す気などは毛頭無かった。まあ流石にここまで乗りこんできたお主達は別じゃったがのう……」
そうか、やっぱりか。
それさえ分かれば安心だ。
「よし、だったら分かってると思うが、もし次に何か悪さしたらどうなるか分かるな? 今度はマジで全滅させるからな? 容赦は一切無いぜ?」
「うむ……それは約束しよう。マジシャン一族の名誉にかけて、そして頭領であるこのダークマジシャンの命と誇りにかけて絶対に守ろう」
「オッケー、信頼するぜ。その言葉」
理由なき殺害または取り返しのつかない事。
こればかりは戦意を喪失しようが、慌てふためいて逃げようが、命乞いをしようが絶対に俺は見逃す気は無い。流石にこれを見逃したら悪役だ。
(だが、コイツは一族を思って動いていた。確かに迷惑はかけてたが……まあ主犯のコイツが消えて宝石も返せば村人や兵士も安心するだろう)
「じゃあ宝石を返してくれ」
「……了解したのジャ。おい、お前達」
「「「は、はいっ!」」」
「すぐに宝石を運び出す準備をせよ」
「「「わ! 分かりましたあああ!」」」
ふう、とりあえずはこれで良いか。
かなり私情に流れちまったがな……。
「マスター、ありがとう……」
「へへっ、良いって事よ。気にすんな」
でもこの通りスラリーナも嬉しそうだしな。
ここはこの選択が正解だったんだろうぜ。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「まあ幸運にも死者はゼロ、兵達も軽傷で済んではおるが、それでも兵士や村人を恐怖させた奴の始末をどうしたのかだけ聞かせてくれるか?」
「あっ、はい……実は――」
と……そんな出来事をやらかした手前。
俺がこの土壇場で導いた返答はというと、
「ご安心ください。【退治】しておいたので」
これだった。
「おお、そうか。やはり退治してくれたか!」
「はい。このスラリーナがコテンパンにしてくれたので、ここらで被害が出る事は無い筈です」
退治。恐らくこれ以上妥当な言葉は無い。
仮にも依頼人の王様の前だ。勝利して力を失わせて降伏までさせたとはいえ、魔物に同情して見逃したとあっては色々面倒な事になっちまう。
(だが、かと言ってキチンとトドメを刺して殺したかと問い詰められれば嘘になるからな……)
「わっはっはっは! それならば良い!」
ならば……この退治以外に無い。
意味としては悪いものや害を及ぼす奴を滅ぼす意味合いだが、別に撤退させて事態を治めるって事でも字面的には何も嘘は付いてない。
それに……、
「よし! では後日にて予め用意しておいた褒美を取らせよう。それまではこの国の中で疲れを癒すといい。ではまた会おう!」
王様もこうして納得してるし、これでいいや。
よしっ! 異世界転移してきて色々あったがひとまずこれにて初めてのボスは攻略完了っと!




