8 シーネ村にて6
ーーー何処だ。
家にも居なかったし、エリーの家でもなかった。いつもの空き地か? 俺様子を見てただ事では無いと思ったのかクロも着いてきた。
結局空き地も確認したが見当たらない。
「クロ匂いでエリーを探せないか?」
クロの鼻がヒクヒクと動き、何かを掴んだと言うように吠えた。
「うぉん!」
「こっちか!」
クロを追って辿り着いたのは……
ここは? 確かエリーがクロを見つけた場所。
「うぉん! うぉん!」
どうやらこの辺りに居るようだ。
居た。
「エリー。さっきはごめんよ」
「……っ」
泣いているのだろうか。木を背に膝を抱えて俯いていた。
実は息が上がっていて呼吸を抑えるのが辛いが、ここは我慢だ。
「怒ってるのかい?」
「くぅ〜ん」
クロが心配しているのか顔を覗き込む。
「うん、決めた」
ガバッと急にエリーが立ち上がり、クロが驚いて尻餅をついた。
「何を決めたの?」
「アルが私の事考えてくれているのは凄く分かる。でも私はアル達と冒険するのが夢なの」
俺はエリーの言葉を黙って聞いていた。
「だから……私は決めた。アルが心配しなくてもいいくらい私が強くなる。今度は私がアルを強くする。私を強くしてくれたアルと、クロみたいに」
「へ?」
まさかの幼馴染の女の子に鍛えられると言う展開。
しかも中身25歳の俺と10の歳少女。あまりの驚きに変な声が出てしまった。
今までと何が違うんだろうか。
この時俺はずっと一緒に特訓してたじゃん? と思ったがその考えは直ぐに否定されることとなる。
「そうと決まれば今すぐに特訓よ!」
こうしてその場でエリーによる鬼特訓は始まったのだった。
「そこ! 踏み込みが甘い!」
「罠が雑!」
「足元も見て!」
「力の差がある時は受けない!」
10歳とは言え勇者と言う事が判明した少女は強い。最近はこの圧倒的な差に気付かれないようにエリーとの組み打ちは避けていたけど……見抜かれていたようだ。
それにしてもこんなに差ができてたのか。
俺の見栄やプライドはものの1分で微塵切りにされてしまった。
「諦めないで! 簡単にステータスが上がらないなら、もがいて! 足掻いて! 限界まで追い込むの!」
本気だ。今まで俺に遠慮してたのか、気を遣ってたのか、こんなに本気で打ち込むエリーの姿は初めてだった。
休むことも許されずひたすら組み打ち。おそらくステータスが伸びないなら技術でも付けよう。それでステータスが伸びたらラッキー。ってつもりなのだろう。が、これはいくらなんでもキツイ……
「今日はこれくらいにしよっか」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
現在俺は地面の味と言うものを人生で初めて味わっている所だ。
「まだまだこれからだからね? 12歳になるまでみっちりやって、誰にも、アル本人にだってアルの事を足手まといなんて言わせないんだから!」
「後、2年も?」
「当たり前じゃない!」
やれる事はやってきたつもりだったがここまでストイックに追い込んだ事はなかった。
もっとも小さな頃はそんな激しい訓練を庭や家でできる訳なかったので仕方ないが、最近では確かに心の奥で限界かも知れないと思いかけてた。
エリーの足手まといになるとかならないとか、魔神を倒すなんておこがましい事はもう言えないのかもしれない。
全身の激しい痛みを堪えつつ、エリーの肩を借りて何とか我が家へとたどり着き、現在自分部屋の中。
エリーは俺を送り届けると自宅へ帰った。
「ふぅー」
速攻ベッドに倒れ込む。今日は夜ご飯なんて食べられそうもない。
「エリーのやつ、なんて鬼なんだ」
口では愚痴を言うものの不思議と嫌では無かった。心のつかえが取れたように清々しい気持ちだ。
かなりの疲労から数秒で意識を失っていた。
ーーーーーーーーー
さらに2年が経った。
あれから俺は技術だけでそんじょそこらの兵士には負けない位には強くなった。予想どうりステータスに伸びはない。
実際測定したわけでは無いので分からないが、魔法も筋力も対して変化した様子はないからだ。
ハードな特訓を朝から晩まで毎日毎日5〜8日に1日休んでくらいのスケジュールだ。働き者と言われる日本人だってこんなに休みが無いことはない。労働基準法があればエリー先輩は間違いなくパワハラで解雇だ。
何はともあれ、半分くらいはエリーの目論見通りになったかな。何だかんだ確かに強くなった。悲しいかなエリーの方が強くなったけどね。
最近エリーの身体が大人だ。俺がロリコンだからそう感じているわけではない……と思う。
この世界ではもしかしたら人間の成長速度が速いのかもしれない。エリーの成長が早いだけなのかもしれないとも思ったが、俺の身体も生前よりも男性ちっくな気がする。
「今日が最後の特訓ね」
「めちゃくちゃキツかったけど、最後となると寂しいような気がするな」
「うぉん!」
クロからしたら遊びみたいなものなのかな? 正直クロの力は底知れない。
そして明日、俺達は隣街まで旅をしてそこで冒険者登録する事になっている。この村は小さいし、冒険者登録を行っていないからだ。
「よし、この辺りでいいかな?」
最近ではより激しい戦闘をする為に村からかなり離れた位置で特訓をする。
「行くよ〜ウォーターガン」
数瞬の詠唱を終えた後、水の魔法をエリーが放つ。
俺はエリーの手の角度を頼りに最小限の動きで水弾を避ける。此方もそれと同時に石つぶての魔法を放つ。
〝パシュン〟
エリーの放った水弾が大樹に巨大な穴を穿つ。その切り口には一切の抉れは無い。綺麗に穴が開いている。すなわち、一切無駄な破壊のない魔法だと言う事。イコール当たれば死ぬと言う事だ。
「ビッグロック!」
エリーは俺の放った石つぶてなど気にも止めず、石つぶての数十倍〜100倍程度の大きな巨石を放つ。
当然のように俺の石つぶては巨石に押し潰され、何事も無かったかのように大地を抉り、大樹によって堰き止められる。
エリーから見たら俺ごと潰したように見えただろう。
だがそこに俺は居ない。
「うおりゃあーーーー!!!」
石つぶてを目くらましに直ぐ近くの木々に隠れてエリーの横まで移動していたのだ。
「甘い! ファイヤーポール!」
短い詠唱の後、足元から火柱がーー
俺は一瞬にして消し炭に……
「え、ちょアル!?」
本気で俺を消し炭にしてしまったと思ったようだ。
「隙あり!」
エリーが消し炭にしたのは草や葉を寄せ集めただけのただの塊だ。
〝キンッ!〟
クロが急に現れて俺の剣を噛み付いて止める。
「ガルルルルッ」
「ッチ」
「惜しかったね」
そう言って真っ直ぐ天に伸ばした剣を俺に振り下ろす。
俺はクロに噛まれた剣を更に押し込むとクロは剣を離した。
そのまま下から剣を切り上げつつに右前方へに飛び、エリーの剣を躱しつつ、攻撃を繰り出した。
「強くなったね!」
俺の剣はエリーの顎先で止められている。
「ふ、12,532敗……1勝! 初勝利だぁ!!」
「やったね!」
「うぉ〜ん!」
「手加減したんじゃないだろうな?」
「してないよ! 正真正銘あるの実力だよ?」
「ふぅ。これで心置きなく冒険者になれるよ」
以前までの年上目線での言葉遣いはもう消えていた。そりゃこんなけボコボコにされてたらね。
「うぉん! うぉん!」
クロも嬉しそうに辺りを駆けまくる。
「ありがとうクロ。お前のおかげでもあるな!」
コノヤロウッと言うセリフが1番似合うだろう格好でクロをガシガシ撫でる。狼の表情は分からないが嬉しそうだ。
「じゃあ今日はゆっくり休んで明日に備えましょう?」
「ガルルルル……ヴァウ!! ヴァウ!!」
「どうした? クロ」
〝ズゴゴゴッ〟
「なんだ!?」
「きゃあっ」
突然に地面が揺れ出す。揺れは続く。長……時間にしておよそ1分もあったか分からないくらいだが、体感で言うとそれはかなり長く感じた。
「何が起きたの!?」
「ヴァウ!」
クロが村の方へ走って行く。
「ちょっとクロ?」
「お、おい!」
「行こう! アル!」
俺達が全力疾走のクロに追いつける筈もなく、遂に見えなくなってしまった。
しばらくして村が見えて……来るはずだった。
「なに、これ」
「……っ」
俺は沈黙することしか出来なかった。この現状に完全についていけなかったのだ。ただ呆然と立ち尽くして居た。
それはエリーも同じようで、俺に答えを求めたつもりは無かったようだ。
数秒の沈黙。
「村はどこ?」
村が消えた。
不自然に木々がこの一帯に存在しない事だけがここに村が存在していた事を証明している。
「どうなってるんだ」
「お母さんは? お父さんは? ディーナお母さんにアドルフおじさん……兵士のおじさん達や村のおばちゃん達は?」
「意味……わかんねえ」
「いやぁあぁあああぁぁああ!!!!!」
俺も頭の中はパニックだ。俺だって今にも叫び出しそうだ。しかしエリーの為にもこんな時こそしっかりしないと。
いや、でも、これって……なに? 何があったんだ? 焦る。頭は状況について行けず、鼓動の音だけが早くなるのを感じていた。
「あ、あぁぁああ・・・あ、あ、あぅぅ」
エリーは地面に突っ伏し、精神が崩壊しかけている。
「エリー、落ち着いて。何がどうなってるのか分からないけど、とにかく……何か手掛かりを探そう」
「手掛かり……? 何もないよ!? 何もないじゃん!」
どれだけ強くなってもやはりまだ10歳だ。どうしようもない気持ちは抑えきれないのは仕方ない。俺だって何をしたらいいのか分からないんだ。
「おい、あれって……」
ふと視線を前に向けると、地面に何かが転がっているのが見える。
「……クロ!?」
エリーと俺は同時に走り出した。それはもう不恰好に。躓きそうになりながら。数十メートル先にある漆黒の点に向かって。
「クロ!!」
俺より動揺を隠せなかったエリーは足をもつれさせ過ぎて中々進めず俺の方が先に着く。
「ハァ……ハァ……ハァ」
まだ、息がある。どうする!?
何とか転げるようにエリーも辿り着いた。
「クロ……クロ……いやぁあ……嫌よお願いクロなんで、どうしてクロ!」
クロは何か巨大なハンマーで殴られたかのように片方の肋骨が全部折れて居た。
明らかに自然なものじゃない。完全にこれは何かにやられたものだ。
今はそんなことはどうでもいい。クロを助ける!
こんな時は……確か、うろ覚えながらにできうるすべの処置を施す。
「先ず怪我をした方を、上に向けて!!」
内臓が傷付いているから無事な方に血液が行きやすいように下に向けるんだ。確か。
「え?」
エリーはもう泣きじゃくっている。
「早く!! クロを……クロを助ける! 絶対に!」
「わ、分かった!」
エリーがクロの患部を上に向ける。
よくクロを観察する。
〝ベコ、ベコ〟
肋骨がクタクタになっていて息が吸えない様に見える。
俺は直ぐに着ていた服を脱いで破る。
「アル?」
俺は何本かの帯状の布を作る。
「これをクロに巻いて結ぶ。結び目は怪我したところに来ない様にして!」
「分かった!」
「待ってろよクロ、死なせないから。絶対! 絶対に!」




